心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('02.12.11公開)

四十四.天狗の性来

性来:本来の性質。生来。しょうらい。(大辞林第二版より)


 

 さてこの天狗というものの性来、これはどこまでいっても私たちには謎なんです。調べれば調べるほどわけがわからなくなっちゃうようです。とにかくあの時私が天狗のお頭さんに尋ねて得た答にもとづき、ざっと説明してみる事にしましょう。

 まず天狗の姿からいきましょうか。前にもお話したとおり、天狗は時と場合により、人間その他のものに上手に化けます。このように言う私だって、最初はうっかりその手に乗せられたクチなんですから。でも最近はもうそんな失敗はしませんよ。天狗がどんなに立派な姿に化けていても、すぐその正体を見破っちゃいます。大雑把に言って、天狗は人間より少し大きく、そして人間よりむしろ獣に似ており、普通全身が毛だらけです。天狗の中のごくごく上等なものだけが、人間に似ているんです。

 ただしこれはちゃんとした姿を持った天狗の話で、中には姿を持たないものもいます。たいていは青みがかった丸い玉で、直径は三寸(約10cm)ぐらいでしょうか。実際私たちが天狗界の修行場に行った時も、三つ四つ木の枝にくっついて光ってたんですから。(!)

『あれはもうすっかり修行が進んで、姿を捨てた天狗たちでござる。』

 天狗のお頭さんはそう私に説明してくれました。

 天狗はその姿も不思議なんですが、その生い立ちはいっそう不思議なんですよ。天狗には別に両親というものはなく、人間が地上に発生した遠い遠い原始時代に、神様のこういうものも必要だろうという思し召しで、一種の副産物として生まれたものだということです。天狗のお頭さんも『自分達は人間になれなかった魂でござる。』と告白されました。そう言った時の天狗さんはなんだかとっても寂しそうでした。

 こういう次第で生まれた天狗さんたちですから、天狗というものは全部中性、つまり男性でも女性でもないんです。これだから天狗の気持ちがなかなか人間にはつかめないはずですわね。人間の世界は、主従、親子、夫婦、兄弟、姉妹など込み入った関係が色とりどりのあや模様を織りなしていますが、天狗の世界はそれに引き換えあくまでも一本調子、どこまでも殺風景です。天狗の生活に比べたら、女人禁制の禅寺や、男子禁制の尼寺でさえ、まだどんなに人情味があるかわかりません。『全く不思議な世界があるものだわ。』私はつくづくそう感じたのでした。

 このように天狗は本来中性ですけど、でも性質だけ取ってみれば、非常に男らしく武張った者と、逆に女らしく優しいのとがあり、化ける姿もそれに従って男になったり女になったりするんだそうです。日本という国は古来尚武の気性に富んだお国柄のため、武芸、偵察、戦争の駆け引きなどに秀でた、つまり男性的な天狗さんはほとんど全部この国に集まってしまったようです。だからいざという時には大変目覚しい働きをしてくれますので、その点は頼りになりますが、ただ愛とか慈悲といった優しい女性式の天狗はあまりこの国には現れず、大部分外国に行ってしまっているんだそうです。西洋の人が言う天使《エンジェル》についてですが、あれには色々格があり、たまに高級の自然霊を指している場合もありますが、ちょいちょい病床に現れたとか、画家の目に映じたなんていう程度のものは、たいてい女性化した天狗さんなんだそうですよ。

 本来天狗は大した働きはできないらしく、人間に憑いて小手先の仕事をするぐらいが関の山で、そんなイタズラが何より得意なんだそうです。たまには局地的に風ぐらいは起こせても、大きな自然現象はたいてい龍神さんの受け持ちだそうで、とても天狗にはその真似はできないんです。

 最後に私があの時天狗のお頭さんから聞かされた、人さらいの秘伝をお伝えして終わりにしましょう。

『人をさらうということが本当にできるものなんでしょうか。』

 そう私が尋ねますと、天狗のお頭さんは大そう得意そうな面持ちで、こんな風に説明してくれたのでした。

『あれは本当と言えば本当、ごまかしと言えばごまかしでござる。私らは肉体ぐるみ人間を遠方に連れて行くことはめったにござらん。肉体は普通付近の森影や神社の床下などに隠しておき、ただ引き抜いた魂だけを遠方に連れ出すものでござる。人間というのは案外感覚が鈍いので、自分の魂が体から出たり入ったりするのに気づかず、魂のみで経験した事をあたかも肉体ぐるみ実地で経験した事のように勘違いして、得意になっていたりしますからの。そばでそれを見ていると滑稽でしょうがありません。』

 


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