心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('02.02.10公開)

七.祖父の訪れ


 

 私が神使《おつか》いの神様から真っ先に言い聞かされたお言葉は、今ではもう細部は覚えていませんが、大体次のような意味のものだったと思います。

 『あんたはさっきからしきりに現世のことを思い出して悲嘆の涙にくれているが、何があってももう一度現世に戻ることだけはかなわないよ。そんなことばかり考えていては、とてもよい境涯へは進めない。これからはわたしがあんたの指導係というわけだ。何事もよく聞き分けて、尊い神様の子孫としての名を汚さぬよう、一時も早く現世の執着から離れるよう、しっかりと修行してもらいますよ。執着が残っている限りは何事もだめだからね。』

 でも当時の私には、こうした神様の尊いお言葉などはほとんど耳にも入りませんでした。それどころか私は色々の難題をけしかけて、神様をさんざん困らせました。お恥ずかしい話ではありますが、罪滅ぼしのつもりでその中の一つ二つをここで告白し、懺悔《ざんげ》しておきたいと思います。

 私が持ちかけた難題のひとつは、早く夫に会いたいという注文でした。『現世でうらみが晴らせなかったのだから、せめて夫と力を合わせて怨霊となり、仇を取り殺してやりたいわ。』こんなのが神様に向かってのお願いなんですから、神様も内心さぞあきれ返ってしまわれたのではないかしら。もちろん神様はそんな注文に応じてくれるはずはありません。『他人をうらむことは何より罪深い仕業だから、許すことはできんよ。それからご主人にはあんたの現世への執着が取れた頃に機会を見て会わせてやるよ。』ごく穏やかにそのような意味のことをさとしてくれました。もう一つ私が神様にお願いしたのは、自分の遺体を見せてくれという注文でした。当時の私はせめて一度でも自分の遺体を目の当たりにしなければ、なんだか夢でも見ているような気持ちで、あきらめがつかなくて仕方ないのでした。神様はちょっと考え込まれておりましたが、ついには私の希望を聞き入れて、あの諸磯の隠宅の一室に横たわったままの、私の遺体をまざまざと見せてくれました。それはやせて青白く、まるで幽霊のようにみにくい自分の姿でした。私は一目でぞっとしてしまいました。『もう結構です。』思わずそう言ってその場を失礼してしまいましたが、このことは、今思えば私の心を大変落ち着かせる効き目があったようでした。

 まだ他にも色々ありますが、あまりにも愚かな事ばっかりですのでひとまずこれで切り上げさせていただきます。今の私だってまだ全然だめですが、帰幽当時の私なんかは、まるでみにくい執着のかたまり、ただいま思い出しても顔が赤らんでしまいます。

 神様もこんな聞き分けのない私の処置にほとほと手を焼かれたのでしょうね。いろいろと手を変え品を変えご指導くださいましたが、ある時私より十年ほど前に帰幽した私の祖父を連れてきて、説諭をお言いつけになりました。なにしろもうとても逢えないものと思い込んでいた肉親のおじいさんが、元の通りの慈愛にあふれた温容さで、泣きもだえていた私の枕もとにひょっこりと姿をあらわしたのですから、そのときの私の嬉しさ、心強さといったら、とても口では言い表せません。『まあ、おじいさま。』私は思わず飛び起きて、おじいさんの方にくっついてしまいました。帰幽後私の暗い暗い心に一点の明かりがともったのは、実にこのときが最初でした。

 祖父は色々いたわりの言葉をかけてくれ、励ましてくれました。

 『そなたも若いのに死んじまって、ほんとに気の毒なことだが、寿命ばかりは仕方ないさ。これからはこのじいも神様のお手伝いとして、そなたの手引きをして、ぜひとも立派なものに仕上げてみせるから、死んじゃったからといって決して嘆くでないよ。必ず他のものに負けない幸せをあげるから。』

 祖父の言葉は格別取り立てて言うほどのものでもないのですが、場合が場合なので、それはちょうどしとしとと降る春雨が乾いた地面にしみるように、私のすさんだ胸に溶け込んでいきました。おかげで私は、それから幾分心の落ち着きを取り戻し、神様のおおせにもだんだんと従うようになっていきました。人を見て法を説けとよくいいますが、私の場合などは格が段違いの神様よりも、おなじみのおじいさんの方がかえって都合がよかったみたいです。祖父の年令ですか。確か祖父は七十歳余りで亡くなりました。色白で細面の小柄な老人で、歯は一本も残っていませんでした。生前は薄い髪を茶筅《ちゃせん》(茶道の道具に似た頭頂で束ねる髪形)に結っていましたが、幽界で私のもとを訪れたときは、なぜかすっかり頭を丸めておりました。私と違って祖父は熱心な仏教の信者だったせいでしょうか。

 


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