心霊学研究所
『シルバー・バーチの霊訓(5)』を読む

四章 軽蔑と嘲笑の中で----スピリチュアリズムの歩み


 

 四章は、スピリチュアリズムの意義が述べられます。
 初期のスピリチュアリズムは、幼稚な物理的現象(テーブルターニングのような)が主でした。スピリチュアリスト達はテーブルラッパーなどと呼ばれ、馬鹿にされていたのだそうです。しかし各界の名士を中心に、その影響力は徐々に広がっていき、シルバーバーチの言葉を借りれば「宗教を腐敗から守る運動の旗手」になったわけです。

 そこで、シルバーバーチは、これまでに達成されたことの大きさを強調すると同時に、これから成就されねばならないことの多さについても述べます。そして、それを達成するためには、より多くの人財が必要であることも……。しかし、そういう人財は「何でもいいから、とにかくたくさん居ればいい」というものではありません。……あたりまえですが。(^_^;;

 

「私たちが望んでいるのは、まずそうした霊的真理のメッセンジャーみずからがそれを日常生活において体現し、その誠実さと公明正大さに貫かれた生活を通して、見る人の目になるほど神のメッセンジャーであることを認識させることです。それから今度は積極的に世に出て社会生活のすべての面にそれを応用していってほしいのです。つまり、まずみずからが身を修め、それから他人のために自分を役立てる仕事に着手するということです。」(P.51)

 いつも思うんですが、あの宗教団体の勧誘というやつは、あれで本当に入信する人はいるんでしょうか。見ず知らずの人がいきなりやってきて、いくら「素晴らしい」と勧められても全然説得力が無いと思うんですが。
 ニフティのフォーラムでも、宗教団体の人が出てきて宣伝の書き込みをしたり、「天界と交信」していると思い込んでいる人が、何やらやたらとスケールだけは大きい(けど子供の描くマンガのような内容の(^^;)心霊話や神話を書いたりすることがあります。しかし、その人がどんな人間かも分からないのにそんな話だけされても、誰も耳を貸すはずもありません。逆に、その人が本当に素晴らしい人間であれば、少しばかり胡散臭い話しでも、「ちょっと聞いてみようか」という気持ちになるものです。
 僕もここでは「スピリチュアリズム」と「シルバーバーチ」の素晴らしさを宣伝するメッセンジャーのつもり(^^)ですから、責任重大と思っています(^_^;ゞ

 

「常に基本的な霊的真理を忘れぬように、と私は申し上げております。常にそれを念頭におき、その上に宗教観、科学観、哲学観、倫理観、道徳観をうち立ててください。すぐにご大層なことを想像なさる御仁に惑わされてはなりません。私たちの説く真理はいたって単純であるがゆえに、誰にでもわかり誰にでも価値を見出すことができます。神の子としての人間の有るがままの姿を何の虚飾もなく説いているからです。すなわち神の分霊を宿し、その意味において真実“神の子”であり、永遠にして不変の霊の絆によって結ばれているという意味において真に同胞であり、人類全体が一大霊的家族であり神の前に平等であるということです。(略)
 私は魂をより意義ある生活に誘(イザナ)うものでないかぎり教義、信条、ドグマといったものには関心がありません。日常の行い以外のものには関心がないのです。根本的に重要なのは日常生活の生き方だからです。」

 「人類皆兄弟」とか「愛し合いなさい」とか、たやすく言われます。しかし、どうして人類がみんな兄弟なのかとか、何で愛し合うわなきゃならないのかとなると「???」なんじゃないでしょうか。シルバーバーチの答えは単純明快です。つまり、私たちは皆、同じ神の分霊であるということ。霊の絆でつながっている仲間なのだから助け合うのは当たり前ということです。
 また、神の分け御霊である同胞に奉仕することが、すなわち神に奉仕することだということも、シルバーバーチはよく言います。

 

「私たちは刀剣や銃を手にせず愛と寛容心と慈悲と奉仕の精神でもって闘っている大軍の一翼を担っております。私たちの武器は真理と理性です。そして目指すのは人間として当然受け取るべきものを手にできずにいる人々の生活に豊かさと美しさをもたらしてあげることです。」(P.54)

 これは僕の解釈ですから間違っているかもしれませんが……。
 霊的真理を広める目的は、悟りを得たり頭でっかちな心霊学者を養成することではなく、あくまでも「人間が、人間らしく」生きることが出来る世の中をつくることにあるのだと思います。霊的なことを知ったことで、いきなり「人類の運命が云々」などと抽象的な世界に飛んでしまうのではなく、今現在、現実に起きている問題に、どういう風に対処するのかということを考えるべきです。
 霊的な知識とは、暗闇の中を手探りで進んできた人類に与えられたライトのようなものです。そこでライトの研究をするのか、それともそのライトを使って回りの世界を観察する事を選ぶのか……。

 

「意気消沈した人、悲しげにしている人に元気を出すように言ってあげてください。先駆者たちの努力のたまものをこれから刈り入れるのです。そしてそれが明日を担う子供たちにより大きな自由、より大きな解放をもたらす地ならしでもあるのです。不安は無知という暗闇から生まれます。勇気は自信から生まれます。すなわち自分は神であるとの真理に目覚めた魂はいかなる人生の嵐をもってしても挫かせることはできないとの自信です。
 私がお教えしているのはごく単純な真理です。しかし単純でありながら大切この上ない真理です。地上人類がみずからの力でみずからを救い、内在する神性を発揮するようになるためには、そうした霊的真理を日常生活において実践する以外にないからです。あなた方はその貴重な霊的な宝を手にされていること、それがすべての霧とモヤを払い、悟りの光によって暗闇を突き破ることを可能にしてくれることを知ったからには、自信をもって生きてください。しかし同時に、知識にはかならず責任が伴うことも忘れてはなりません。知った以上は、知らなかった時のあなたとは違うからです。知っていながら霊力を無視した生き方をする人は、知らないために霊的真理にもとる生き方をする人よりも大きな罪を犯していることになります。
 その知識を賢明にそして有効に生かしてください。一人でも多くの人がその知識を手にすることができるように、それによって魂を鼓舞され心が開かれる機縁となるように配慮してあげてください。」(P.55〜56)

 なんと力強く、力づけられる言葉でしょう。ここを読んでいて、またもや不覚にも涙が出そうになってしまいました(^_^;ゞ。

 我が身を振り返ってみると、確かに「自分は本来霊的存在である」という知識を得た時から(ホンの少しですが)勇気をもって物事に当たれるようになった気がします。
 つまり、人間は本当は霊的存在なのですから、所詮『モノ』のことに過ぎない物質の世界のことで負けるはずがないということです。また、どんなに苦しいと思うことでも、背後霊団の計らいによって起こっていることが、最終的には悪いことのはずがないということでもあります。何が起ころうとも、それは自分の成長のために「良いこと」のはずだという安心感です。

 それで、ふっと思い出したんですが(^^)、そういえば大学受験の時にもそんな事を考えていました。僕は浪人の時にも二校しか受験しなかったんですが、本命の学校に入ることになるか、それとも滑りどめで受けた学校に入ることになるのか、どちらになるにしても背後霊団が僕にとって一番良い道を選んでくれるはずだと言う確信がありました。で、実際その通りになったと、今でも思っています。
 だから、皆さんも確信を持ちましょう。「良きに計らわれる」と(^^)。(ただし、一生懸命やった人だけですよ(^^))

 さて、ここからシルバーバーチは、既成の宗教とスピリチュアリズムについて話し始めます。
 シルバーバーチを始めとする高級霊界の霊達は、スピリチュアリズムと他の宗教を同列には考えていないと明言します。「スピリチュアリズムというのは宇宙の自然法則そのものなのです。(P.57)」

 もちろん他のすべての宗教も最初はそうでした。しかし、時が経つとともに「真理」の部分が人間的夾雑物に埋もれてしまいました。そこで、今度こそは霊的知識を地上に根づかせようと、組織的な努力が始められたのです。今までのように単発的に、ずば抜けた霊格者がひとりだけあらわれて民衆を指導するのではなく、継続的に且つ世界的規模で、たくさんの霊能者によって霊的真理を根づかせようとしているわけです。

 その時、本来ならその仕事を手伝わねばならないはずのキリスト教陣営は、スピリチュアリズムに対して激しい敵意をもってあたりました。しかし、真のイエスの後継者はどちらなのか、答えは明らかです。キリスト教の教えは、イエスが説いたこととは全く無縁のモノになっているからです。

 

「しかし、そうした激しい抵抗の中にあっても、私たちの説く真理は今や世界中に広がり、これまで抵抗してきた勢力は退却の一途をたどっております。私たちは現今のキリスト教が基盤としている教説を否認する者です。愛と正義と慈悲と叡智の根源である大霊が地上人類に対して呪うべき行為を働くはずがないことを主張する者です。神の怒りを鎮めるのに残酷な流血の犠牲(イケニエ)が必要であった、などという言い訳は断じて認めません。いかなる権力をもってしても自然の摂理に介入できたためしは一度もないことを主張します。神学の基盤と構造のすべてを否定する者です。なぜならば、それは人類の進歩の時計を逆まわりさせ、その狭苦しいひとりよがりの世界に合わないものはいかなる発見も発明も進歩も拒絶してきたからです。
(中略)私たちはそのイエスを鼓舞したのと同じ霊の力の直系の後継者として、同じ福音、同じ真理を説いている者であることを宣言します。人間に贖(アガナ)い主はいらないのです。神との仲介者は不要なのです。自分の荷は自分で背負う義務があり、日々の生活の中の行為によって霊的生命を高めもすれば傷つけもするのです。内部に神性を宿していることは今も、そしてこれから先も永遠に変りません。変るのは程度の上下であって、本質は決して変わりません。向上進化というのはその潜在的神性をより多く顕現していく過程にほかならないのです。
(中略)
私どもは地上の人々がみずからの力でみずからを救い、死せる過去と訣別し、精神と霊を物質による奴隷的束縛から解放する方法をお教えするために戻ってまいりました。古くからの教えだからといって有難がってはいけない----知的な目をもって真理を探究し、常識に反し理性を反撥させるものは一切拒絶しなさい、と申し上げているのです」(P.59〜61)

 新しい時代が到来しつつあるという事でしょう。英国では現在も「心霊治療家連盟」に所属する治療家の数が増え続けています。交霊会にも、('93年頃のサイキック・ニューズによれば)モーリス・バーバネルやオリバー・ロッジが出現しています。「死」は終わりではないこと、寧ろこの世にいる時間の方が、魂の永遠の旅の中ではホンの一瞬にすぎないことが常識になりつつあります。(とまで言うと、少し先走りすぎかもしれませんが)

 

「誤謬と利己主義、迷信と無知、自惚(ウヌボ)れと悪逆無道の勢力を蹴散らし過去のものとしなければなりません。
 もはやそうしたものが許される時代は終ったのです。真理が理解されるにしたがって暗闇が光明へとその場所を譲ってまいります。人々はその目を上へ向けて新しい世界の夜明けを待ち望んでおります。新しい世界は新しい希望と新しい悟りを与えてくれます。
 神のみ恵みの多からんことを」(P.64)

(初出03/22/95 Nifty-Serve FARION mes(13) )


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