心霊学研究所
小桜姫物語
('04.03.22)

七十七.神の申し子


 

 ある夜社頭の階段の側に人の気配がしたので、心を鎮めてこちらからのぞいてみたんですけど、そこには二十五、六の若く美しい女性が、六十ぐらいのおばあさんを連れて立っていました。血走った眼に洗い髪を振り乱している様子は、どう見てもただごとではありませんでした。女性はやがて階段の下にひざまずいて、こまごまと一部始終を物語った後、『どうか神様のお力で子どもを一人授けてください。それが男の子であろうと女の子であろうと、決して文句は言いませんから。』と一心不乱に祈願をこめて言うのでした。

 これで一通り女性の事情はわかったんですが、男性の方も調べないとなんとも言えませんので、私はすぐその場でより深い統一状態に入り、男性の心の中まで探ってみました。すると彼の方もいたって志のしっかりした優しい若者で、ほかの女には目もくれず、堅い堅い決心をしているのがよくわかりました。

 これで私の方でも真剣に力を貸す気になりましたが、何分このような祈願はまだ一度も経験がないものですから、どうすれば子どもが授かるかなんて見当もつきませんでしたの。仕方なく私の守護霊に相談してみましたが、彼女もよくわからなくってこまっちゃいました。

 そうこうするうちにも、女性の方では雨にも風にも負けないで、午後六時頃になると決まって願掛けに来て、真心をこめて早く子どもがほしいと祈り続けます。聞いているこちらも気が気ではありませんでした。

 とうとう困り果てて、私は指導役のおじいさんに相談してみました。すると次のようなお答えがありました。

『それは結構なことだから、ぜひとも子どもを授けてあげなさい。ただし具体的な方法については、自分で考えなけりゃね。それがつまりは修行というわけなんだ。こちらから教えても意味がないのさ。』

 これは大変なことになっちゃったと思いました。とにかく相手がなけりゃ妊娠しないことはいくら私だって知ってますわ。とにかく私はまず念力をこめて、あの若者を三崎に呼び寄せることにしました。結局男性にそう思わせるだけなんですけど、これが結構大変だったりなんかします。

 幸い私の念力が通じ、若者はやがて実家から抜け出して、ちょくちょく三崎の女性の元に通うようになりました。そこで今度は産土の神様にお願いして、そのお計らいで首尾よく妊娠させていただきました。これがつまり神の申し子というものなんです。ただ詳細については私にもよくわかりません。

 これでまずまず仕事は一段落したわけなんですけど、ただそのままではせっかくの祈願が叶ったのか叶わなかったのか人間にとってはさっぱりわからないでしょうから、何とかこのことをわかってもらう工夫をする必要がありました。これも実は指導役のおじいさんに教わったんですが、女性の睡眠中に、白い玉を神様から授かる夢を見せてあげました。ご存知と思いますが、白い玉は男の子の象徴なんです。

 女性はその後も私のお宮に毎日お参りしてくれました。夢に見た白い玉がよほど気にかかったと見えて、いつもいつも『あれはどういう意味でございますか?』と尋ねてくれるんですけど、なんていっても幽明交通の道が開けていませんでしたので、意味を教えてやることができず、ホトホト困ってしまいました。でもそのうち妊娠ということがわかった後の夫婦の喜びは並じゃなく、三崎にいる間はよく二人連れ立ってお礼に来てくれました。

 やがて月満ちて生まれたのは、まさしく玉のような美しい男の子でした。俗に神の申し子は生命力が弱いなんていいますけど、決してそんなことはなく、この子も立派に成人して、父親の実家の跡を継ぎました。私のところに来てくれる人々の中では、この人たちは一番しっかりしていましたわ。

×     ×     ×     ×

 こういった話はまだまだいくらでもありますけど、これ以上は別の機会にお話しすることとしましょう。それではこの後は、神々の受け持ち分野について簡単に私の知っていることをお話しまして、名残惜しくはあるんですけど、ひとまずこの通信を終わらせていただきたいと思います。

 


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