心霊学研究所
小桜姫物語
('03.10.23)

七十ニ.神社のその日その日


 

 そのようなわけで、とにもかくにも私は小桜神社をあずかる身分となったんですが、それから今日までざっと二百年、考えてみればずいぶん長い月日が経っちゃいました。私の務めというのはごく単純なものなので、取り立てて吹聴するような話の種などありませんが、そうは言ってもこの長い月日の間には、何やかやと様々な事件があとからあとから起こり、とてもそれら全部をお話することはできません。中にはまだ現世の人たちにお話してはいけないことなんかもあったりします。そこで考えたんですが、これから皆さんにいくぶんか参考になりそうな案件をお話して、このつたない通信を締めさせていただきたいと思いますがどうでしょう。

 とりあえず祭神となってからの生活の変化といったようなことから簡単に触れておこうかと思います。ご承知のとおり私の仕事は主に、上の神界と下の人間界との中間に立ってお取次ぎをすることなんですが、これでも相当苦労することが多く、ついうっかりすると大変な間違いをしかねません。修行時代には指導役のおじいさんが脇からいちいち世話を焼いてくれていましたから楽でしたが、そうもばかり言っていられなくなりました。『あんたには神さまにうかがう術もちゃんと教えてあるから、だいたいのことは自分でやらねばね。』そう言われちゃいました。私だっていつまでもおじいさんにばっかりおすがりするのはよくないと思いましたので、よっぽどの大事でないかぎりおじいさんに頼るのはやめようと覚悟を決めたんです。

 そこでまずはじめに工夫したことは、一日の区切りをつけることでした。本来こちらの世界に昼夜の区別は無いんですが、それでは現界の人たちと接するのにひどく勝手が悪くて仕方ありません。だって現界では朝は朝、昼は昼とちゃんと区別をつけて生活をしているんですからね。

 そこで私の方でもそれに調子を合わせて生活するようにしました。ちょうど現世の人たちが朝起きて洗面を済ませ、神さまに礼拝するのと同じように、私も朝になれば斎戒沐浴し、天照大御神様をはじめ、皇孫命様、龍神様、そして産土神様を礼拝し、その日一日の勤めを無事に努めさせてくださいますよう祈願をこめることにしました。不思議なことにそんな時はいつでも額《ぬか》づいている私の頭の上で、サラッと御幣の音がするんです。でも目を開けても何も見えません。おそらくそんな風にしていつの間にか神界から私の身体を清めてくださってるんでしょうね。

 夜は夜でまた神さまにお礼を申し上げます。『今日一日の仕事を無事務めさせていただきまして、まことにありがとうございました。』そんな気持ちは別に現世の時と全然変りません。とにかくこれで初めて重荷をおろしたように感じ、自分に戻ってくつろぐわけですが、ただ現世と違うのはそれから布団をしいて寝るわけでもなく、たった一人で懐かしい昔の思い出に耽《ふけ》って、しんみりした気分に浸るくらいのものです。

 こうして一日を区切って働くことは、指導役のおじいさんからも大変ほめられました。『よくそれだけ思いついたね。そんな風にすれば任務も立派に果たされるだろう。』

 えー、参拝人のお話をするんですか。わかりました。私もそのつもりだったりなんかして。これから少しづつ思い出してお話することにしましょう。

 


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