心霊学研究所
小桜姫物語
('03.08.19)

六十八.幽界の神社


 

 そのうち指導役のおじいさんから、お宮の工事が大分進んでいるとのお知らせがありました。

『あと十日もすればいよいよ鎮座祭だね。なりは小さいけれどなかなか手の込んだ造りだよ。』

 そんな言葉を耳にした私は、今までの引越しと違って何となく気分が落ち着きませんでした。たとえてみれば嫁入り前の花嫁といったところかしら。うふ。嬉しいけれどちょっと心配なんですもの。

『おじいさま、鎮座祭の時は私がそのお宮に入るんですか。』

『いや、ちょっと違うな。現世にお宮が建つ時は、同時にまたこちらの世界にもお宮が建つんだよ。だからあんたはこっちのお宮に入るんだ。まああんたも知ってのとおり、現幽一致というわけで幽界の事はただちに現界に反映するから、実際はどちらとも区別なんかつけられないんだけどね。』

『現界ではどんな所にお宮を建てるんですか。』

『あそこは何ていったっけ。あんたが籠城中に隠れていた森陰だよ。今でも村人たちは遠い昔の事をよく覚えていて、わざわざあそこを選ぶ事にしたらしいよ。』

『じゃあ油壷のすぐ南側の、高い崖のあるところかしら。大木のこんもりと茂っていた。』

『そうそうそこだよ。だけどそんなことは私に聞くんじゃなくて自分でのぞいて見てごらん。現界の方はあんたの方が本職だもんね。』

 おじいさんはそんなことを言って、まじめに取り合ってくれませんから、仕方がないのでちょっと統一して自分でのぞいて見ました。やっぱりお宮が造られていたのは、私の昔の隠れ家があったところで、あたりの様子はその当時と変わった所がないようでした。工事はもう八割方済んでいて、大工や屋根職人が忙しそうに立ち働いていました。

『おじいさま、やっぱり昔私の隠れ家があったところですわ。すごく立派なお宮で、私なんかにはもったいないわ。』

『現界のお宮もよくできているが、こちらのお宮は一層手が込んでいるよ。もうとっくに出来上がっているから、入る前に一度あんたを案内しておこうか。』

『そうしていただければ嬉しいですわ。』

『じゃあすぐ行こうか。』

 私たちは連れ立って海の修行場を後にしました。そして波打ち際のきれいな白砂を踏んで、東へ東へと進みました。右手は波がのんびり打ち寄せる大海原、左手はこんもりと樹木が茂った丘が続き、どう見ても三浦の南海岸をきれいにしたようなところを歩いているようでした。ただ海に一艘《そう》の船もなく、陸に一軒の人家もないのが現世と違う所で、そのためなんだか全体の景色が夢か幻みたいでした。

 歩いた距離は一里あまり(約4km)かしら。やがて一つの大きく入りくんだ入江を回って、松原を越えると、そこは鬱蒼《うっそう》とした森の陰にこじんまりとした素晴らしい別天地がありました。昔私が隠れていた磯の景色に似て、それをさらに一層理想化したような感じでした。

 ふと気がついてみると、向こうの崖を少し削った所に白木造りのお宮が木陰からのぞいていました。大きさはだいたい二間四方(約13u)で、屋根は厚い杉の皮葺《かわぶ》き、前面は石の階段になっており、周囲は濡れ縁になっていました。

『どうだい、立派なもんだろう。これであんたも落ち着き場所ができたわけだから、これからはもう引越し騒ぎとも縁がなくなるね。』

 そう言うおじいさんのお顔には、長年手塩にかけた教え子の身の振り方が決まったことを心から喜ぶといったような、慈愛と安心の色が浮かんでいました。私はもったいないやら嬉しいやら、それでもって遠い地上時代の淡い思い出までもが甦《よみがえ》ったものですから、色々な思いに言うべき言葉も見つからず、ただ涙ぐんでその場に立ち尽くしちゃったのでした。

 


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