心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('02.07.27公開)

三十.永遠の愛


 

 思い切ってここに懺悔《ざんげ》しちゃいますが、あたりに神さまたちの眼が見張っていないと気づいた時に、私の心が急にムラムラとイケナイ方向に引きずられていっちゃったんです。

『久しぶりでめぐり会った夫婦の仲だもの、手ぐらい握っちゃおうかしら。あるいはもっと色んな…。』

 私の胸はそんな考えで張り裂けそうになっていました。

 お堅い夫もうわべはしきりにこらえているようでしたが、頭の中はやはり在りし日のイケナイ幻影で満ち満ちているのがよくわかりました。

 とうとうこらえきれなくなって、私はいつか切り株から離れ、あたかも磁石に引かれる鉄クズのように、一歩夫の方に近づきました。

 しかしその瞬間、私は急に立ち止まってしまいました。それまではっきりと眼に映っていた夫の姿が、急にスーっと消えかかったのでビックリしたんです。

『眼がどうかしたのかしら。』

 そう思って一歩下がって見直しますと、夫はやはり元の通りのはっきりした姿のままで、切り株に腰を下ろしていました。

 でももう一度一歩前に進むと、またもや朦朧《もうろう》と消えてしまいます。

 二度三度五度といくら繰り返しても結果は同じでした。

 いよいよダメと悟った時、私は我を忘れてその場に泣き伏してしまいました。

 

『どうだい、少しは悟ったかい。』

 誰かが私の肩に手をかけて言いましたので、ビックリして涙に濡れた顔を上げて振り返ると、そこにはいつの間に戻られたのか、私の指導役のおじいさんが立っていました。

『最初から言い聞かせていた通り、一度会ったぐらいで後戻りするような修行はまだ本物とは言えんな。』とおじいさんは、私たち夫婦に向かって諄々《じゅんじゅん》と説き聞かせてくれました。『あんた達は姿はあるけどそれは元の肉体とは全く違うものなんだよ。強いて手を触れてみたってなんだかカサカサした、丁度張子細工のような感じがするばかりだ。現世で味わったようなうまみも面白みもありはせん。ところであんたはさっき夫の後にくっついていって、あわよくば昔のような夫婦生活をしたいなんて思っただろう。いいや隠してもダメダメ。神の眼は何でもお見通しなんだからね。しかしそんな考えは早く捨てなければならん。もともと二人の住むべき境涯は異なっているのだから、無理にそんなまねをしても、それはちょうど鳥と魚が一緒に住もうとするようなもんで、かえってお互いの苦しみが増すだけなんだ。あんた達はやっぱり離れて住む方がいいんだよ。だけど私がこう言ったからといって、何も夫婦間の清い愛情までも捨てろと言っているのではないから、その点は誤解しないでくれ。陰陽の結びは宇宙万有の法則だから、いかに高い境涯にいる神々だって、この法則から免れるもんじゃない。ただその愛情はどこまでも清められていかなければならないんだ。現世の夫婦なら愛と欲とで結ばれるのも仕方がないが、一たん肉体から離れたからには、欲からすっかり離れなけりゃならん。あんた達はまさに修行の真っ最中、少しぐらいの事なら大目に見てやらんでもないが、あまりにそっち方面に走ったが最後、結局幽界の落伍者として亡者扱いされ、幾百年幾千年後戻りするのがおちだよ。私たちが指導役を受け持っている以上、そんな見苦しい真似をさせるわけにはいかんのだ。これからあんた達はどこまでも愛し合いなさい。だけどこまでも清い関係を続けなさい。』

 

 その後私たちは、まるで生まれ変わったような明るい朗らかな気分になって別れました。

 ついでに申しますと、私と夫との関係は今も依然として続いており、それはこのまま永遠に続くと思われます。そしてそれは言うまでもなくお互いに許しあった魂と魂の間の清い関係なのです。

 


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