心霊学研究所
『欧米心霊旅行記』浅野和三郎著
('02.01.27登録)

第十信 欧州大陸の一角(2)
リペール氏と語る


 

 ルーブルで疲れ切った眼と、頭脳《あたま》とに休養を与えるべく、私はルーブルの川沿いの門前でタクシーを呼んで、例のエッフェル塔へ急ぎました。すべてフランスは、イギリスに比べて、よほど物価が安いようですが、なかでも安いのはタクシーで、たいていの場所へは三フランで運んでくれます。これを日本円に換算すれば、三十銭未満になるわけで、大阪や東京の円タクどころの話ではありません。もっともそのせいか、自動車の数がとんでもなく多く、凱旋門前とか、オペラ前とかいった交差点の横断ときたら、まるで命がけの有様です。したがって自動車のほうも、交通巡査の手の振りかた一つで、数百台も数珠つなぎになり、さっぱり動かない場合もあるようで、いわゆる「過ぎたるは及ばざる」の感は、もっとも明瞭に、パリの自動車においてこれを窺うことができるように思われます。

 とにもかくにもエッフェル塔に着くや、直ちに入場券を求め、エレベーターに乗って、一気に約300mの高さまで引き上げられました。こんな場所へ来ては、大人も子供もまったく一緒で、たあいもなく遠近の建物やら山や川を指差して喜ぶだけです。朝から塔の上には見物人が四五十人もいました。面白いのは人種のさまざまなことで、英語やら、ドイツ語やら、イタリア語やら、フランス語やらが、ペラペラペチャペチャ喋られるところは、ちょっとバベルの塔という感がありました。

 コーヒーなどすすって、ものの一時間もここで過ごしたあとで、私は今度は徒歩で、コペニック街のフランスのスピリチュアリズムの中心『メーゾン・デスプリィ』へと急ぎました。実をいうと、私の今回の大陸旅行の目的は、そこを訪れて、今までまったく始まっていなかった、日仏の精神的提携・連絡を協議することで、名所旧跡の見物は、いわばその付録に過ぎません。幸いそこには英、仏、独、スペインなどの各国語に堪能なるリペール氏が控えているので、私は安心してこの重要なる仕事にあたる自信があったのでした。

 三十余年前に仕込んだきり、さっぱり使ったことのない、カビの生えたフランス語で、三度も四度も道を聞いた後で、やっとコペニック街なるものを突き止めましたが、それはトルカデロのうしろにある小さい横丁で、とても閑静なところでした。私はさっそく自己紹介をして案内を求めました。

 階下は心霊関係の書物雑誌類の陳列所になっており、ほとんどロンドンの心霊大学などとそっくりで、これは恐らくもっとも適切なやり方でしょう。リペール氏は、三階の書斎兼応接間ともいうべき所に陣取っていました。

 「アサノさんでしたね」と、彼はその長躯を起こして、フランス語で話しかけました。「よくお出掛けくださいました。実は先ほどからお待ちしていましたので……。時にあなたは、フランス語で差し支えなかったのですネ?」

 「そんな事を言わないで英語にしてください。あなたの英語のほうが、私のフランス語よりも非常に達者なのですから」

 「そうですか、それなら英語にしましょう」と、クルッと転換して英語に移るところ、実にうまいものです。「一昨日は支那の某氏に、仏教の講話を聞きましたが、なかなか有益な講話でした。あなたが居られると、たいへん面白かったでしょうに」

 「そいつは全く惜しいことをしました。あなたは仏教のほうをお調べですか?」

 「私はある意味においては仏教徒でもあるのです。パリには東洋方面の研究会が出来ていて、そうとう便宜を得られますよ」

 これをきっかけにして、私たち二人は、東洋思想と西洋思想との長所短所やら、今後スピリチュアリストの進むべき方針やらについて、時刻のたつのも忘れて、心置きなく語り合い、最後に私なりに、なるべく先方の理解しやすいように、古神道について説明しておきました。----

 「いままで日本の神道は、外国人によって非常に安っぽい、祖先崇拝だけの教えであるがごとく解釈され、日本の学者までがその尻馬に乗り、仏教に走ったり、キリスト教に走ったりして喜んでいましたが、西洋にスピリチュアリズムが、その鮮明な姿を現してくるにおよび、ようやく神道の真価が認められて来ました。これを一言にまとめると、日本の神道は、日本に現れたスピリチュアリズムで、世界の歴史上に出現した数ある教義の中で日本の古神道ほど、二十世紀のスピリチュアリズムと多くの肝心な点において一致するものは、おそらくありますまい。たとえば、その絶対の唯一神を認める点、相対界の規則と、個々の霊魂の存在を認める点、顕幽両界の交通が絶対に可能であると認める点などがそれです。あなたは仏教にシンパシーを感じると言われましたが、インド思想の欠点は、とにかく平等と超越とに走りすぎ、個別的現象界(むろんそれはわれわれの死後の世界をも含める)を軽視した点にあります。キリスト教----表面的に絶対の神を説きながら、その内容はまったく相対的、かつ現世的な----の補充、もしくはその弊害の対症療法としては、とても良い物だと思いますが、それだけでは不完全で、うっかりこれにのめり込むと、インド自身のように亡国となります。その点に行くと、日本の神道は、まことに完全なもので、一神と多神との微妙な関係のようなことも、実に驚くべく巧妙に描かれております。私は現在、神道に関する研究の整頓をしている最中ですから、これから三年のうちには、まとまったものをお目に掛けられるかと考えます。むろん神道には論理的、もしくは哲学的方面があると同時に、またその実行的、または応用的方面がありまして、私の最近十余年来の経験から言えば、これがまた欧米のスピリチュアリストの皆さんにとって、相当の参考資料になると信じます。----こう述べると、何やらお国自慢のように誤解されるかも知れませんが、われわれは今日、そんな下らない児戯《じぎ》にふけっているゆとりはありません。西洋のものでも、良いものは良い、東洋のものでも、悪いものは悪い。すべては皆正しい推理と、正しい実験とのふるいにかけて、世界的な、広い広い思案で進まねばなりません。スピリチュアリストの世界大会だって、その意味においてのみ存在の価値があります」

 リペール氏は、私の言う所を熱心に聞いていましたが、この時突如として意外な質問を発して、ひとかたならず私を驚かせました。

 「日本の大本教というのは、あれは何ですか? あれに対するあなたの意見を伺いたいもので……」

 「大本教ですか……」と、私は思わず苦笑を漏らし、「大本教なら、十年前に、私が直接関係していたところですから、恐らく日本国の誰よりも、一番これに対して正確な批判を下しうるかと思いますが、しかしどうしてリペールさん、あなたは大本教を知っているんですか?」

 「イヤ彼らは、エスペラントで、しきりにその宣伝をしていますからネ」

 「ああそうですか。よく判りました。では忌憚なく、大本教に対する私の意見を言いますが、現在の大本教は、そこらの売薬業者と同じく、単なる自家宣伝です。御神諭でも、お筆先でも、名称などはどうでもよい。それをあっさり原型のまま差し出して、世の中の批判を求めるのなら、それで良いが、出口という男のやりかたは、そうではありません。自分の書いたものは頭からありがたいと思って、一切を鵜呑みにして信仰しろ!----まあそう言った調子です。ごもっともさまです。一切を鵜呑みにさせていただきます----そう言っているのが、いわゆる大本教の信者です。心霊研究、またスピリチュアリズムの正しい立場から見て全然ゼロです。問題になりません」

 「私もそう思います」と、リペール氏もしきりにうなづきつつ、「諺《ことわざ》にもあるように、充実した壺《つぼ》は鳴りません。鳴るのは空虚に近い壺です。大本教は、たしかに後者に属します。ことに私の見るところによれば、大本教には哲学がないのですナ」

 「まったく仰る通りです。何にも束縛されず、思う存分デタラメをやりたいというのが、出口という男の了見で、哲学どころか、倫理も、道徳も、規律も、計画も、なにもかも一切ゼロです。まるきりの混沌状態です。----イヤしかし、大本教が宣伝用にエスペラントを使ってくれたのは、世の中のためには良いことで、私も肩の荷が降りたように感じますよ」

 「それはまた何故ですか?」

 「早くその弱点を、西洋にまで暴露してくれたからです。モウ大本教の宣伝熱も、大抵あの辺が峠でしょう」

 「イヤひとりお国ばかりではありません。どこの国にも、時々はぐれ者が現われて、人騒がせを演じ、われわれまでうっかりすると、その飛ばっちりを食います。しかしそんなものは、放っておいても、幸いに時が亡ぼしてくれますがネ」

 私とリペール氏との会話は、大本教で意外な花が咲き、たったこの一場の会話だけでも、わざわざパリくんだりまで来ただけの価値があるように感じられました。

 私たちが、将来において研究通信の交換を約束して、固い固い握手をして別れたのは、もう街頭にチラチラ灯のつきだしたころでした。

 


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