スピリチュアリズム勉強会&座談会
('02.02.16作成)

第9回('02年1月20日)
「シルバーバーチは語る」
5章 絶対的摂理の存在(第3回)
6章 ヒーリングの問題

その2


  

有希:じゃあ……第六章の「ヒーリングの問題」の方に入っていきましょうか。ここを読んで、スピリチュアル・ヒーリングとマグネティック・ヒーリングとをしっかり分けているのでその点がよくわかりました。それからさっきのところを補足するようなところがP105の11行目にありました。

物的身体に宿っている皆さんは、今生きている地上生活のことだけを考えます。それに引きかえて、地上を去った私たちは、地上生活を無限に続く生活の中のわずかな一時期として捉えます。皆さんがとかく物を見るその焦点を間違えるのはそのためです。
例えば苦難の渦中にある気の毒な人を見て同情心が湧くのを覚えるのは当然のことですし、私はそれを咎めるつもりは毛頭ありません。しかし、その時のあなたは苦しんでいる姿だけを見て、その苦しみの中で過ごす時間は、その後に償いとして得られる喜びに比べれば実に些細なものであることに気づきません。(P.105)

ついつい地上で苦しむ姿だけに焦点を合わせてしまうことってよくありますよね。しばらく前に、アフガンの人達の苦しみが報道されると、それを最初見た時はかわいそうだと思うのだけれども、その後の流れを見ると、やっぱり自分達のやってきた事のツケを自分達で払っているんだなあと思いました。だから今だけを見てかわいそうと思って、それだけを取り除いたとしても何も問題は解決しないんだろうなと思いました。それはホームレスの人達にしても、身体障害者の人達にしても、病気の人にしても、今だけを見たら確かにかわいそうなんだけれど、永遠という長い目で見たら果たしてどうなのかなというのを考えさせられました。

ペ:ここは今回の勉強会のための予習以前から付箋が貼ってあったところです(笑)。
ここを読んで思ったのは、中学生なんかが学校で「こんな勉強をしたって何になるんだ!」と言うような、やっぱりそこから先の事が見えていないと今何のためにこれをやっているのか分からない、ということはあるなぁ、と。そういう面で霊的な知識を知っていると、今何のために苦しんでいるんだろうかという、そういう何のためかということが分かっていれば少しくらい苦しくても耐えられるし、やる気も出るし、そういう意味でこういう事を知っているといいなぁと、この世で生きていく上でも役に立つなぁと思いましたけどね。

有希:そう、“何のためか”ということを知っているのと知らないのとでは大違いですよね。

長田:それは本当に大きいですよね。

ペ:ちょっと話はずれますが、学生の時の勉強なんか何の役に立つんだとよく言いますけど----特に数学とか----でも僕は数学は好きだったんで、考える過程というか、論理的な思考能力を鍛えていく事はいいことだと思うんですよ。それ自体が役に立つ立たないじゃなくて、それを“学ぶ”ことそのものにも意味はあるし、それ以上に人間って実用的なことだけじゃあつまらないじゃないですか。役に立たない事もいっぱい知ってたり、一生懸命やることって豊かだし、“高貴”な事なんだと思うんですよ。実用性なんていうちっぽけなものに囚われて「こんなこと勉強してもしょうがない」なんて、ホント、卑しい、つまらない考え方だと思いますね。

有希:なるほどね。(^o^)丿 そうか役に立たない事でも勉強しておくと違うんですね。ついつい実生活で必要かどうかで判断して、役に立たなければしなくてもいいわと思ってしまうけど、総合的にひっくるめて考えてみると、その時には役に立たないと思ったことでも後々役に立つ事って不思議に出てきたりしますものね。

長田:ましてや霊的なことを中心に考えていると、霊的なことだけ出来ればよくて、数学や物理などはどちらでもいいと思ってしまうけど、そうではないなぁということですね。

ペ:だからもし有希さんが塾の生徒さんに同じことを言われたら、「おまえはそんなに役に立つ事しか知らないつまらない人間になりたいのか」と言ってやって下さい。

有希:そうですねぇ(^・^) 今度言ってみます。でも中学生て同じことを何回も言うんですよ。

ペ:たぶん何を言われているのか理解できないでしょうけどねぇ、えへへ。

長田:まだ世の中のことが分からない年ですからね。
ちょっと話が変わるんですけど、質問です。P106の最後の行

 しかし、地上にあってもこちらの世界にあっても、人間は何らかの借金をこしらえているものです。(P.106)

地上で借金をこしらえるのは分かりますけど、霊界でも同じように借金をこしらえているものなんですか?

ペ:霊界に行ったからって急に完璧な存在になるわけではないから、間違った事もするだろうし、そうしたらそれは借金として残るんじゃないですか。

有希:特に低い方はたくさんあると思います。例えば霊界に行っていながら地上の人間にちょっかいを出したり、霊同士でもちゃんとした自覚がなかったらわがままに過ごしているでしょうから。それに対して、上に行けば行くほど組織がしっかりしているし、指示通り動いているから摂理から外れにくいですよね。要するに摂理から外れる事=借金ですから。

ペ:例えば守護霊をやるような人でも自分の見ている人の導き方をちょっと失敗しちゃったりとかはきっとあるでしょう。

長田:そうですね。よく分かりました。それから次のページですけど、

----物的身体はエーテル体を原型としているのでしょうか。(P107)

このエーテル体とは幽体のことですか? それとも霊体のことですか?

ペ:エーテル体は幽体のことですよね。え〜と確か後ろの方に絵が載っていましたよ。P428ですね。肉体があって、幽体(エーテル体)があって、霊体(アストラル体)があって、本体(メンタル体)があるんですね。

有希:この絵でいくと、確かにエーテル体は幽体ですね。 P109の後ろから5行目に

ただ、霊的身体が病むとか物的身体の病気の原因になると表現しましたが、霊的身体そのものが実際に病気になっているわけではありません。物的身体との調整がうまく行っていないというだけのことです。それがバイブレーションを乱し、物的身体との関係の阻害の度が過ぎると物的身体に病気が発生するということです。(P109)

とあるから、摂理に反していれば当然病気になりますよね。利己性とか貪欲といったものが原因の病気はいくら治してもまたすぐぶり返してしまうわけですものね。だから精神的な方を治していけば身体の方もどんどん改善されていくのがよくわかりました。

ペ:P108の8行目なんですけど

あなたは今この時点ですでに一個の霊的存在です。しかし、あなたの存在を表現する時は霊的身体と同時に物的身体を用いているのですから、物的世界の感覚を受けとめるには物的身体の世話になっているわけです。地上世界で起きていることは全て物的身体に反応し、それがさらに霊的身体へと反応します。(P108)

これをすごく身近なレベルの話にしちゃいますと、霊的なことを勉強しているからこの世の事をおろそかにしていいというわけではなくて、体の調子を整えるとか、食事を気をつけるとか、運動をするとか、部屋をきれいにしてほこりを出さないようにするとか、そういうことも結局は霊的なレベルにも影響を及ぼす事であって、疎かにしてはいけないんだなぁと……同じことは前にも何度か言ったと思いますが、結構そういうことを疎かにしてしまう人って多いですよね。

有希:そうですよね。霊的なことだけやっていればいいと言わんばかりの人もいますから。

ペ:霊的なことだけ考えていればいいんだったら、この世に生まれてくる必要がないので。

有希:地上でどうやってうまく霊的に過ごしていくかという、その辺のバランスは難しいと思います。やっぱり肉体あっての地上生活ですけど、霊あっての肉体だとも言えますから。
で、P112の3行目ですけど、

すると霊的治療そのものが不要ということになりませんか。(P.112)

これは私も一時考えたことがあったんです。ただ病気だけ治して欲しいだけで、霊的に目覚めない人ってすごく多いと思うんです。そうすると霊的治療しても意味がないんじゃないのかなあ、と思ったんです。目覚める人は霊的治療をしなくても目覚めるでしょうから、わざわざヒーリングをしなくても霊的真理を伝えればそれでいいんじゃないかなあって。でもここを読んでみてなるほどと思いました。そういう奇跡的な技を見て初めて霊的なことに目覚める人もいるんですね。

長田:それはいますよね。でも目覚めなくても治る人もいるんですよね。たぶんそういう人の方が多いでしょうけど。もうその苦しみから解放される時期が来たから治っていくということですよね。

有希:ということですよね。中には霊的治療は効かなかったけど霊的に目覚めたという人もいるわけですから。だからシルバーバーチが言っているように、本当に霊的治療が成功したというのは、身体が治らなくても霊的に目覚めれば大成功ということなんですね、きっと。

長田:そうなんですね。実は私も霊的に目覚めないで、苦しみだけ取ってあげることが本当に必要なのかと一時思ったんですが、この質問の次に

それは違います。なぜなら、人のためになることをすることは大霊の心を顕現させることになるからです。病気の多くは必ずしも魂の進化の低さのせいではありません。(P.112)

とあるから、これを通して何とか目覚めて欲しいという思いをもってするのは利他愛の実践の1つなんだと思いました。

有希:ヒーリングは目覚めるための1つのきっかけなんですよね。目覚めるか目覚めないかは本人の問題で治療家の問題ではないですから。

ペ:普通のお医者さんでも同じですよね。結局医者じゃなくて治すのは本人なんだと言いますから。

有希:医者は手伝うだけという感じですよね。それからP112の最後の行

あなたは病気になった人が霊的治療家のところへ行くのは偶然のしわざだと思っておられるのですか。偶然というものはあなた方の世界にも私たちの世界にも存在しません。(P.112-113)

この偶然はないと何度も書かれているけど、未だに私はすっごく不思議な気がするんです、そう思いませんか?

ペ:不思議ですよね。

有希:すごい不思議ですよね。起こることには全部意味があって、ちゃんと出会うようになっているんだと聞くと、へぇ〜と思います。霊界のお互いのカルマの繋がり合いって、すごく緻密でコンピューター以上のものがあるんだろうなと思います。全部が何かの影響で繋がっていて、繋がっていないところはそういう現象が起きないわけですから。何だかすごいなぁといつも不思議に思います。

長田:自由意思はどうなるのかという問いに対して、

人間にも自由意思はあります。しかし、自由のつもりでいても、それはその段階での魂の進化の程度に支配されているのではないでしょうか。自由とは言っても魂の成長度によって規制されているということです。(P.113)

自由意思って成長すればするほど、利他的なものに自由意思を使えるようになるというか、その使える枠が広がるような気がします。本当の意味の自由意思とはそこからがスタートじゃないかなと思うんです。そう考えると、魂が成長していない人の自由意思って何ですか?

有希:利他的な方を選ばないという自由意思じゃないかしら。悪い方、堕落する方へ行くのもその人の自由ですから。でも、成長した人にとっては悪い方に自由意思を使うことはもう考えられなくなりますよね。より大きな利他愛を取るか小さいところでとどまるかという、その選択に変わるんじゃないかと思います。

ペ:変な方に使うことは考えられなくなるから、その意味では不自由といえば不自由ですね。そっちの選択しかなくなるわけだから。

有希:地上から見たらすごい不自由かもしれないけど、利他愛という点から見れば、成長していない人の方が圧倒的に利他愛の選択肢が狭いですよね。

ペ:それぞれみんな自由のつもりでいても、その人がどういう行動をするかというのは、その人自身の程度によって分かってしまうというのが面白いですよね。誰かがお金を拾ったとして、あいつだったら競馬かパチンコに使っちゃうだろうとか、あの人はそういう事はしないで警察に届けるだろうとか、ある人にとってはその選択肢は絶対に有り得ないというのがあるじゃないですか。僕たちがもし10万円拾っても絶対に競馬には行かないでしょう。

有希:確かに私たちだとそんなこと考えもつかないですよね。

ペ:それぞれが自由意思を持って行動しているつもりでも、上の段階の人やその人を知っている人から見たら、もう一目瞭然でわかっちゃうという。

有希:確かにそうですね。その自由意思を間違った方に使うのが一番問題で、よく言われる“自由には責任が伴う”ということになるんですものね。

長田:でも選択の余地がない人もいますよね。どちらを取るか悩む人は当然自由意思を使っているんだけど、拾った=貰っちゃうのが当り前とか、拾った=届けるのが当り前でそれ以外は考える余地がない人もいますから、そういうのも自由意思を使っていると言えるんでしょうか?

有希:それはもう自由意思じゃなくて、霊的志向なのかも。

ペ:でも本人は自由に選んでいるつもりですよ。

長田:そうか、どう使うかの範囲は決まっているわけだからどれを選ぼうと自由なわけですね。

有希:そう言われれば、どう使うか=自由意思なわけだから、たとえ他に選択の余地がなくても自由意思になるんですよね。良い方の選択肢しか持っていないという事はある意味すごく幸せなことだと思います。だって葛藤しなくていいわけだから。

長田:そうね、中間にいる人が葛藤するんですよね。

ペ:でもそうやって葛藤するから成長するわけで。葛藤しないって事は、それで成長できるレベルよりすごく下かすごく上だから。

有希:すごい上の人は上でまた葛藤する内容が違うんですよね、きっと。

ペ:いずれにしても悩むということは良いことでしょう。ほら、「みんな悩んで大きくなった」と野坂昭如も言ってますし。(ふ、古い(^^;)

長田:そうですね。

有希:心霊治療のところはこんなところですね。

ペ:6章ってお話しするにはかえって難しかったですね。ほら、ちゃんと順序立てて説明してくれてあるから、この部分に引っ掛けて何か言おうということが出てこないでしょう?

有希:それでは今日はここまでにして、次回は第7章の「神とは何か」をやりませんか。ニューズレターの新年号も「神とは」でしたね。ちょうどタイムリーなので両方取り上げてやりましょうよ。

長田:いいですねぇ。

有希:それでは感想で終わりにしましょうか。私から言いますね。心霊治療のことは掲示板でも出たし、自分自身の中でもずいぶん答えが出ていた中での今回の勉強だったので、いろいろ確認できて良かったなと思いました。ただスピリチュアル・ヒーリングとマグネティク・ヒーリングの違いはとっても大きいんだなと再確認させられたような気がしました。やっぱりスピリチュアル・ヒーリング、それも程度の低いものではなく、より神のエネルギーに近いエネルギーで治せる人が増えてくれるといいなぁと思いました。

ペ:さっきも言いましたけど、シルバーバーチが懇切丁寧に説明してくれてあるんで、読者には優しい章でしたね。だから却ってここから話を膨らませるのは大変でしたけど。特にそれに付け加えることがなくて、予習していても、特にこれ以上解説が必要なところも見当たらなくて、いったい今日は何を喋ろうかと……そういう意味で難しかったですね。なんか、今日は大丈夫だったかな(苦笑)

長田:私も同じで、6章はとってもわかりやすくて読んでいて感心してしまったんですが、それは以前ここでニューズレターを使って中身の濃い内容をやれたせいもあったし、その確認にもなって良かったと思いました。

ペ:そう、この話は前にもやったなぁというのも出て来ていますよね。この調子でいくと段々先に進むと話をすることがなくなって苦しくならないかなと不安もありますが〜、日々勉強していかないと自分の引出しが空っぽになっちゃうからつらいですよね。……というようなことを昔パソコン通信で出入りしていた会議室の議長の人が言ってました。

有希:でも、同じ内容が何回も出てきても、その都度確認できるから良いことだと思います。じゃあ、引出しが空っぽにならないように、日々勉強していきましょう (^・^)

 


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