心霊学研究所
『ジャック・ウェバーの霊現象』
ハリー・エドワーズ著/近藤千雄訳
('01.03.14登録)

A・R・ウォーレスの実験会ノート


 

(注) 世界的博物学者アルフレッド・R・ウォーレスは“事実は頑固なものである”との名言のもとに、学者的地位の失墜を覚悟の上で心霊現象の調査・研究を本格的に行ない、その成果を《奇跡と近代スピリチュアリズム》と題して世に問うた。その中からウォーレス自身の体験と実験に関する部分を紹介する。その徹底した実証主義と真摯な態度はエドワーズと相通じるものがある。

 

 私が博物学の研究に没頭して、南洋諸島で十二年も放浪生活を送っていたころ、アメリカとヨーロッパにおいてテーブル現象とかラップ現象の呼び名ではやっているという不思議な現象の話を耳にしていた。当時の私にはすでに催眠術の知識があり、人間に科学では説明のつかないために無視されている不思議な能力があることを知っていたので、英国へ帰り次第本格的に調査してみようと心に決めていた。そのころまでの二十五年間私は超人間的知性の存在に関しては全くの懐疑論者で、スピリチュアリストが騒いでいる奇跡的現象をそのまま真実として受け入れる可能性など、まず考えてもみなかった。その私が完全に思想を変えたのは、ひとえに証拠の力による。死後の存続の問題に入っていったのは決して、死によって無に帰することを恐れたからではない。永遠の存続の可能性の証明とまではいかなくても、それを示唆する事実に真実性を確信するに至ったのは、私が永遠の存続に不条理なあこがれを抱いたからではない。実は私自身それまでの二十五年間に少なくとも三度は死に直面、あるいは、あと二、三時間の命というところまでいった経験がある。そのときに感じたのは、せいぜい、これでこの美しい素晴らしい地球に別れを告げて、二度と目覚めることのない眠りにつくのかという、ほんのりとした物悲しさであった。これは通常の健康時の私には決して湧かない感慨であった。当時の私は死後の意識的存在などという大問題は人間の理解を超えた問題であると思っていた。そこへ心霊現象という不思議な現象の話を耳にして、もしかしたら身体とは別個の目に見えぬ存在があるのかもしれないという、漠然とした期待を抱いていた程度であった。従って私が本格的にその現象の究明に乗り出した時は、希望的憶測や恐怖心によってゆがめられた先入観などは全くなかった。私の主観が事実をゆがめることは有り得ないと思っていたからである。また、“霊”などという用語に対して根強い偏見ももっていなかった。そして今もって固定的定義をもつに至っていない。

 私が初めてスピリチュアリズムなるものの現象を目撃したのは一八六五年の夏のことで、科学者で弁護士で懐疑論者である友人の家において、家族だけの列席者に混じって参加させてもらったときである。かなり大きな円卓を囲んで着席し、両手をその上に置いて少しすると小さい動きが始まった。よくある回転とか傾斜ではなく、ステップのような、とぎれとぎれの穏やかな運動で、それでも暫くするうちに部屋の端から端まで移動していたこともある。小さいが明瞭なたたくような音も聞こえた。観察中にありのままを綴ったメモを紹介しておく。

 「一八六五年七月二十二日----友人と奥さんと二人のお嬢さんとともに、低目の大きなテーブルを囲んで腰かける。昼間である。三十分ほどしてかすかにテーブルが動くのが感じられ、続いてかすかにたたくような音が聞こえた。それが次第に強くなっていった。叩音は明瞭になり、動きは大きくなり、われわれは椅子をずらさねばならなかった。それから奇妙な振動をはじめた。動物が身震いする動きにほば似ていた。その振動がひじまで伝わってくるのを感じ取った。この現象がいろんな変化を伴いながら二時間も続いた。あとで確かめたところでは、そのテーブルはよほどの力を入れないとあのようには動かせないことがわかった。また例の叩音もわれわれがテーブルに手を置いているかぎり出せる可能性は見出し得なかった。」

 あるときは列席者が代わる代わる席を離れてみる実験をやってみた。が、現象は叩音もテーブルの動きも前と少しも変わらなかった。そこで今度は私が一人ずつ席を離れてみるようにお願いしたところ、人数が減るにつれて、現象そのものは続いても勢いが衰えていき、最後に私一人になったときは、柱かテーブルの脚をこぶしでたたくような音が二つ聞こえただけだった。聞こえただけでなくその響きが小さいながら私の身体に感じ取れた。もしも人間が出したとすれば私以外には考えられないが、私は断じてたたいてはいない。こうした実験によりその音と動きには列席者もなんらかの形で関与していることは確かとなったが、もしもそれに意図的なまやかしがあったとすれば、友人の家族全員で私をだましていたことになる。しかし別の日の実験では大きなテーブルが三十分も着席していてなんの現象も起きなかった。そこで小さいテーブルに移ってみたところ、すぐさま叩音が起こりテーブルが動きはじめた。しばらくして再び大きい方のテーブルに戻ってみたところ、二、三分してから小さい方と同じ叩音と動きが起きた。

 テーブルの動きは必ずといっていいほど曲線をえがいた。それはまるで脚に前進するための鉤《かぎ》でもついているみたいであった。右方向と左方向を交互に何回も繰り返し、ときにはそれを規則正しく行ない、結果的にはジグザグ状に進みながら部屋を横切るのであった。ともかく以上の要領で都合十二回余りの実験がほば規則的に行なわれた。

 さて、こうしたテーブルの動きは列席者のだれかが(阻止されないかぎり)やったということも考えられると言われれば、それを否定するわけにはいかない。が、われわれの実験によって少なくとも必ずしもそうばかりとはいえないことが明らかとなった以上、全ての動きが人間がやっていると結論づけることはできないことになる。一方叩音の方は、これは絶対に人間に出せる性質のものではなかった。テーブルのたれ板の下部を爪の長い指先でコツコツとたたく程度のものであった。全員の手はテーブルの上にあり、少なくとも私の目は常に見開いていたから、その叩音が列席者の指先によって出されたものでないことは得心している。足の先に何か小さくとがったものをつけておけば確かに出せないことはなかったであろうが、もしそうだったとすると、以上紹介した実験は友人の家族全員で私をだましたまやかしであったことになる。しかし三十分間も同じ位置にじっと着席していてなんの現象も起きなかったことがあること、そして起きた現象もいま紹介した程度のものばかりで、それ以上にはなんの進展もなかったことなどの事実を考え合わせると、知性と教養豊かな四人の家族がなんの得にもならない下らぬペテン現象に十数回にもわたって無駄な時間を費やすなどということはとうてい考えられない、と思うのである。私の当時のメモの最後にはこう記してある。

 「これらの実験を通じて、テーブルのまわりに順序よく着席し両手をテーブルの上に置くと、その列席者の身体から未知のエネルギーが出ることを得心した。」

 こうした実験観察をする少し前のことであるが、私は一人の紳士からその人の家庭内で起きている素晴らしい現象の話を聞かされていた。その中には固い物体がだれ一人触わりもせず、そばにもいないのに、目を見張るような動きをしたという話も混じっていた。そして私にぜひともロンドンの女性霊媒マーシャル夫人 Mrs. Marshall のところへ行ってみるよう勧め、その人の実験会なら同じような素晴らしい現象が見られると言った。そこで私は一八六五年の九月のことであったが、たいてい友人を伴って、連続してマーシャル夫人を訪ねることになった。その友人は優れた化学者であり機械工であったが、同時に徹底した懐疑論者でもあった。われわれ二人が目撃したものは大別して二種類になる。すなわち物理的現象と精神的現象である。両者ともたいへんな数と種類があるが、その中から特徴の明瞭なものを二、三選んで紹介しておこう。

 一、(私とマーシャル夫人を含む)四人の列席者が手を置いた小さなテーブルが、床から一フィートの高さまで垂直に浮き上がり、約二十秒間その位置に停止していた。見物人として離れて座っていた友人は、このテーブルの脚が完全に床から離れている様子を横から観察することができた。

 二、大きなテーブルで私の左側にT嬢、右側にR氏が着席していた時、T嬢が弾いていたギターが手からすり抜けて床に降り、私の足の上を通ってR氏のところへ行き、氏の脚をつたってテーブルの上に現われた。私とR氏はその様子を細かく観察したが、それはまるでギターそのものが生きているか、それとも小さな、目に見えない子供がそれを持ち運んだみたいな感じであった。これはこうこうとしたガス燈の明かりの中で行なわれた。

 三、R氏の親戚の女性が座っていた椅子が彼女もろとも宙に浮いた。さらにその現象のあとピアノを弾いていた彼女がテーブルへ戻ったときのことである。腰かけようとすると椅子がすっと逃げる。引き寄せて腰かけようとするとまた逃げる。これを三回繰り返したあと椅子が一見したところ床に固定されてしまったように動かなくなり、彼女の力では持ち上がらない。そこでR氏が代わって持ち上げたが、それも必死に力を入れてやっとのことであった。この実験会は晴天の日の真昼、二つの窓のある一階の一室で行なわれたものである。

 体験のない読者にとってはいかに不思議でいかに非現実的に思えようと、こうした現象が数こそ少ないが私が叙述した通りに実際に起きたこと、そしてそこにはトリックとか詐術とかの疑いの余地は皆無であることを断言してはばからない。どの実験のときもわれわれは始める前にテーブルと椅子を裏返して点検し、それがごく当たり前のものであること、床との間になんのつながりもないことを確かめ、われわれの望む位置にすえ、それから着席した。現象の幾つかは初めから終わりまでわれわれの手の下で発生し、いわゆる“霊媒”とは無関係であった。くぎが磁石に引き寄せられる現象とまったく同じ実在的現象であり、それ自体は磁石現象に比べて少しも信じられないことでも理解し難いことでもないといえる。

 次に最も多く発生した精神的現象は、列席者と縁のある故人の名前とか年齢、その他なんらかの特徴的なことをつづる現象である。現象的にはあやふやな点があるが、うまくいくと目撃した人には実に決定的な印象を与える。疑い深い人間が持ち出す説は、列席者が文字盤に目をやるその様子----通信がつづられる方法は文字盤の一字一字に目をやっていくうちに大きい叩音《こうおん》がする。それが必要な文字ということになる----によって霊媒がどの文字かを察知する鋭さと能力にすぎないとするものであるが、はたしてそれだけで説明になるものかどうかを示すために二、三の例を紹介してみよう。

 私あての通信が初めてつづられたとき、私は極力ヒントになるものを与えないように文字盤の上を一定の速度で目を移動させた。にもかかわらず弟の死亡した場所の Para、名前の Herbert、そして最後に私の要請に応じて、弟を最後に見た友人の氏名 Henry Walter Bates が正確につづられた。この日は私を入れた六人が初めてマーシャル女史を訪ねた日で、一人を除き、私を含む五人の氏名は女史には内緒にしてあった。その一人というのは私の妹(既婚)で、従って私の氏名を知るかぎとはなっていない。

 同じ実験会でR氏の親戚の若い女性に通信が送られるとの連絡があった。そこでその女性は文字盤を手もとに寄せ、文字をひとつひとつ指示するのではなく、文字の上を一定の速度で鉛筆を左右に動かした。私がそれを観察しながら叩音《こうおん》が指示した文字を書き留めていった。そうやってつづられた氏名は思いもかけなかった Thomas Doe Thacker であった。私は姓のつづりが間違っているに相違ないと思ったが、その名前の主はその女性の父親で、右のつづりに間違いはなかった。そのほかにも数名の人名、地名、日時などが正確につづられたが、紹介するのはこれくらいにしておく。以上の氏名は、いかに鋭敏な超人的知性の持ち主でも察知する手がかりは考えられないからである。

 別の実験会に妹のほかにもう一人、今回が初めてという女性を伴って出席したとき、通信は列席者の躊躇する様子と霊媒の鋭敏さのせいであるとする説の愚かさを如実に示す現象を体験した。連れの女性はある特定の故人の氏名を要求し、例によって文字盤を手もとに置き、指示されたつづりを私が書き留めた。最初に出た文字は yrn の三文字で、女性は“あら、むちゃくちゃだわ。もう一度やり直しましょう”と言ったが、次にeの文字がつづられて私はピンときたので“そのまま続けてください。私にはわかりましたから”と言った。こうしてつづられた氏名はYrnehkcocffej だった。女性は相変わらず判読できずにいたので私がそれをYrneh とKcocffej に分けて見せた。つまりHenry Jeffcock を逆につづっていたのである。これはその女性の要求した故人の氏名の正確なつづりであった。

 力と知性の双方を必要とするもう一つの現象に次のようなものがある。あらかじめテーブルを点検しておき、その真下に私が密かに印をつけた用紙を鉛筆といっしょに置いておく。そして列席者は全員両手をテーブルの上に置く。二、三分すると叩音が聞こえる。用紙を取ってみると William と書いてある。別の実験会に田舎から私の友人----霊媒とは一面識もなく一度も名前を口にしたこともない----が私とともに出席した。その友人の息子と名のる霊からの通信があったあと、右と同じ要領で用紙と鉛筆をテーブルの真下に置いたところ、二、三分して Charley T. Dodd と書かれた。息子さんの姓名の正確なつづりである。両実験ともテーブルの下に器具は何一つ置いてなかったことは確実である。従ってもしも疑問に思うとすれば、はたして霊媒のマーシャル夫人がまずブーツを脱いで足の指で鉛筆と用紙を操り、名前を推測して書き記し、再びブーツを履き、その間ずっと両手をテーブルの上に置き、しかもそうした足の操作をだれにも気づかれないようにするということが可能かどうかということである。

 さて私はその後の数か月間、マーシャル夫人のところへ行かないで自宅で同じ現象を起こそうと努力してみた。友人のR氏は間もなくわずかながらテーブルを動かす力があることを発見したが、意識的ないし無意識の筋肉作用でないことを得心させるほどのものではなかった。しかしそれによって得られた通信の文体と内容は、われわれの意識がかかわっていないことを得心させるものをもっていた。

 そこでわれわれは明瞭な叩音等、もっと満足のいく現象を起こす力をもった人を知人の中に求めた。同じ条件下でいくらやっても、われわれだけでは満足のいくものが得られないと観念したからである。そして妹が、同居している夫人が叩音だけでなくほかにも珍しい現象を起こす能力をもっていることを発見した。一八六六年十一月のことで、私はさっそくその夫人を呼んで私の家で一連の観察を開始した。その中から最も注目すべき現象を紹介しておく。

 テーブルクロスのない低目の大きなテーブルで全員が両手を上に置いて腰かけると、たいてい二、三分で叩音が聞こえはじめる。その音の出所はテーブル板の裏側で、そのいたるところから聞こえた。音の種類と大きさはいろいろで、針の先か長い爪の先で突くようなものから、こぶしや平手でたたくようなものまであった。また爪でひっかくような音とか濡れた手のひらでベタッと押し当ててこするような音もあった。そうした各種の音が次から次へと驚くほどの速いテンポで出てくる。しかもわれわれが指先でテーブルの上で出す音をほぼ正確に真似ることもした。列席者の一人が口笛で吹いた曲になかなか上手に合わせたし、こちらの要求に応じて曲を演奏(?)したこともある。こちらがテーブルをたたく拍子に合わせて叩音を出したこともある。こうしたものを自分の部屋で、明るい照明のもとで、自分のテーブルを用い、しかも列席者全員の手が見える状態のもとで繰り返し聞かされると、一般にいわれている単純な説明では歯が立たないように思える。確かに、初めて叩音を耳にした時の第一印象は、だれかが足先でたたいているような感じがする。そこでこの疑惑を晴らすためにわれわれは何度かテーブルのまわりで膝をついてみた。が、相変わらず叩音がするし、それもただ聞こえるだけでなく、叩音の響きまで両手に伝わってくるのである。

 もう一つの説は霊媒が腱をほぐしたり関節を鳴らしたりして出している音だというもので、これが科学者の間でいちばん一般的のようである。しかし、もしもそうだとすると、だれかが自分の身体の骨または腱でもってコツコツという音やベタッという音、ピシャッという音、ガリガリひっかいたりこすったりする音を出し、しかもそれをだれかが指先で鳴らす音や曲に合わせて素早く連続して出さねばならない。さらにその音は列席者の位置からではなくテーブルの裏側から出し、そのたびに振動が列席者に伝わるようでなければならない。そんな芸当のできる人を連れてきてくれるまでは、こんなばかげた説を本気で信じる人間の浅はかさに、私が感嘆の念を抱き続けることを許していただいておく。

 これよりさらに驚異的で私が最大の関心をもって観察したのは、列席者の筋肉作用の可能性を排除した条件下で見られたテーブルの強烈なエネルギーである。直径二十インチほどの小型の仕事台のまわりに列席者が立ち、その中央部あたりに全員が両手を互いに近づけて置いた。少しするとテーブルが左右に動きはじめ、やがて落ち着いたかに見えたら、こんどは床から垂直に六インチから一フィートほど上昇し、その位置に十五秒ないし二十秒ほど停止していた。その間、列席者の一人ないし二人がそのテーブルを押さえたりたたいたりしてみたが、ものすごい力で低抗した。

 だれしも最初はだれかが足で持ち上げているような印象を受ける、そこで私はその疑念にこたえるために、二度目からテーブルの裏側に密かにティッシュペーパーを張りめぐらし、足を突っ込むとすぐに破れるようにしておいた。さて二度目もテーブルが浮上し、上から押さえつけるとまるで下に動物でもいるようなクッションを感じた。やがて一たん床にゆっくりと降り、再び上昇して、最後は急に床に落ちたが、驚いたことにティッシュペーパーはどこも破れていなかった。

 ただこの方法ではそのたびごとにペーパーと紐とを取り替えなくてはならない手間と、実験が始まるまでにうっかり破ってしまう恐れもあるので、それに代えて私はカンバスで覆った円筒をこしらえ、その中にまるで井戸の中に入れるような格好でテーブルをすっぽりと入れた。高さが十八インチほどあったので足もドレスのすそも中に入る気遣いはなかった。が、テーブルはおかまいなく上昇した。霊媒の手は列席者の見ている目の前にちゃんと置かれていたから、間違いなく何か目に見えない力が作用していることは歴然としていた。この実験は繰り返し何回も行なわれた。以上の説明に絶対に間違いのないことに自信がある。

 その他、わずか二、三度だけであったが、条件がよほど良いときにさらに驚異的な現象を目撃している。いつもの要領で大きいテーブルに向かって腰かけ、四フィートほど離れた位置にもう一つ小さいテーブルを置いた。その位置は霊媒と私の妹の背後になる。その状態でみんなでおしゃべりをしていると、その小さいテーブルの方からかすかな音がするので目をやると、そのテーブルが短い間隔を置いてずり動きはじめ、やがて霊媒のすぐそばまで近寄ってきた。それはまるで強い引力作用でも受けているようであった。そのあとわれわれの要請に応じて床の上に倒れて見せた。だれも指一本触れていない。しかもそれから、まるで生き物が立ち上がろうとしてもがくような仕草をした。別の実験では大きな革張りの肘かけ椅子が四、五フィート離れた位置から、ほんのちょっとした準備運動のあと、突如として霊媒の方へ滑るように寄ってきた。

 以上のような現象はどれも“そんなばかな!”と言われればそれでおしまいである。が、私は間違いなく事実であることを断言する。私をはじめ多くの人々が繰り返し目撃した事実に対して、簡単に“不可能”の文字を使えるほど自然界について知り尽くした人間は、いかなる業績を立てた人であっても、この世には一人としていないはずである。

 一八六七年二月二十七日水曜の夜、注目すべき現象がいくつか起きた。出席者は私の妹、ニコル嬢(現ガッピー夫人)とその父親、H氏、それに私の若い友人であるM氏とM嬢で、私の妻とその妹もテーブルから少し離れた位置から観察していた。暖炉はなく、ガス燈を少し抑えぎみにした。が、全てがよく見える程度の明るさである。全員が所定の位置に着くとすぐ叩音が聞こえた。調子が良好であるという内容であった。そこでさっそくニコル嬢とその父親の中間の床の上に置いておいたワイングラスをテーブルの上に運んでみてほしいと要求し、さらにそれを何かでたたいてみてほしいと言った。すると、ややあってから明瞭な澄んだ音が鳴り響いた。それがこんどは二個のグラスがぶつかり合う音に変わった(グラスは一つしか置いてない)。そのあとは次から次に聞こえるさまざまな音にわれわれはただ驚くばかりであった。たとえば二つのグラスの一つがもう一つのグラスの中に入れられた状態で出る音から、もう一つのグラスへ落とされるときのカランという音まであった。いずれにしても二つのグラスをいろいろと操作して出す音にしか聞こえなかったが、部屋に置いてあったのは一つだけで、列席者全員の手はテーブルの上に置かれていて、まる見えであった。

 次にわれわれはそのグラスを再びテーブルの上に置き、ニコル嬢とH氏の二人がそれを押さえて音が出ないようにしてみた。ところが少しの静寂のあと、グラスを軽くたたくときのなんとも名状し難いデリケートな音がして、それが次第に大きくなり、ガラスの鈴でも鳴らすような冴えた音になっていった。それから数分間、さまざまなバリエーションで続けられ、やがて小さくなり、そして消えていった。その後、私はマレー半島から持ち帰った竹製のハープをテーブルの下に置いてみたところ、ひとりであれこれ姿勢を変えたあと弦が人間の指で鳴らすのと全く同じ澄んだ大きな音を出した。グラスでの実験がうまくいっていたので、ハープではどうだろうか、ハープにいっさい触れないで音を出せるかどうか尋ねた。やってみよう、という合図があったのでそのハープをテーブルの上に置いた。すると、ややあってかすかな叩音が聞こえ、それが間もなく弦の音に変わっていった。それはワイングラスのときほど見事ではなかったが、明らかにハープの弦の音の擬音であった。

 こうした擬音をなんの物体も用いずに出す現象はニコル嬢の特殊な霊力を活用していることを、叩音による通信で知らされた。余談になるが、ワイングラスによる擬音があまりに真に迫っていたので、列席者の中には会が終わってからテーブルを裏返して、どこかにもう一つ別のグラスを霊が持ち込んだのではないかと調べた者がいたが、結局何も見つからなかった。

 否定論者はわれわれの証言の中に、出席者がやった可能性は絶対にない。という表現が多すぎると批判するが、私は右の現象においてもやはり列席者が手を出した可能性はなかったことを断言してはばからない。そして、同じ条件下において人間が見事に同じことをやってのけて、しかもその方法をちゃんと説明してくれるまでは、やはり私はその主張を引っ込めるつもりはない。

"Notes of Personal Evidence" from MIRACLES AND MODERN SPIRITUALISM by A. R. Wallace


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