心霊学研究所
『ジャック・ウェバーの霊現象』
ハリー・エドワーズ著/近藤千雄訳
('01.01.01登録)
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一九四〇年三月九日午前九時半、ジャック・ウェバー氏が脊髄膜炎を患ってわずか三日後に急死した。三三歳だった。 本書の原稿は一月にすでに出版杜の手に渡っていた。 原稿を書き上げた時点ではウェバー氏は相変わらず実験会を続けており、それから後もずっと続けられる見通しがあったので、筆者は「まえがき」と「結論」の中で、本書で紹介した現象はすべて“現在《いま》”起きているもので、従って真面目な研究団体ならそれと同じものをお見せできると公言しておいたのであるが、不幸にしてウェバー氏の死によって事態が一変してしまった。 が、出版杜と協議のすえ、本書はこうした説明を加えて一応原稿どおりで出版することに決定した。 一九四〇年に入ってからの写真を入れたかったのと、全体として出来るかぎり完壁を期すために、多くの章に“補遺”を加えた。 ここで読者の懸念を考慮して付言させていただくと、この一年間ウェバー氏の霊媒能力にはいささかの衰えも見えなかった。実験回数も厳しく制限し、決められたことは絶対に守った。 身体上の健康についても背後霊団にしばしば打診し、そのつど体力上の衰えについての懸念も兆候もないことを知らされていた。ウェバー氏は頑丈なからだつきをしており、十四歳から現在に至るまで病気をしたことは一度もなかった。従って氏の急死を霊媒としての仕事と結びつけるべき根拠は、われわれの知るかぎりでは、何一つ見当たらないのである。 例の驚異的な上着の写真(No.7)を撮影したのが死ぬわずか十二日前である。しかもそのあと、死ぬ前の週にはロンドンのスピリチュアリスト・コミュニティで二回も、それも素晴らしい実験会を催している。 ウェバー氏を失ったことはスピリチュアリズムの普及活動にとっては手痛い打撃であるが、人間的心情としては、死後の存続という知識によってわれわれの悲しみは大いに和らげられる。現にウェバー氏がすでに各地の霊能者にその存続を知らせてきている証拠が次々と出ている。 まず、すぐ翌日の三月十日、日曜日のことである。マリルボーン・スピリチュアリスト協会のウォンズワース分会で霊能者のバーサ・ハリス女史がデモンストレーションを催していた。 会のあとハリス女史が語ったところによると、会の途中でメガホンが女史のまわりをぐるぐると旋回するのを感じ、続いてジャック・ウェバーの名前がひらめき、同時にハリー・エドワーズ(筆者)に会いたがっているという印象を受けたという。たまたま筆者はその分会まで来ていたのであるが、到着がおくれたために満員の会場に入れず、やむなく別館にいて、誰とも話を交えることなく帰ったのだった。 こうしたことが判明したのは、実はその会にもう一人、ジャック・ウェバーの死を知っている婦人が出席していて、会のあとハリス女史にその話を告げたからであるが、婦人から聞かされるまでハリス女史はウェバー氏が死んだことを知らず、なぜメガホンが出たり筆者に会いたいというメッセージを送ってくるのか理解できなかったという。
次はその二日後の十二日火曜日のことである。ヘンドン・スピリチュアリスト協会で霊能者のエベリン・キャノン女史がデモンストレーションを行なっていた。ここは実はウェバー氏がロンドンで最初に実験会を開いたところであり、当時何も知らなかった筆者が会長のキャサリン・ウィルソン女史の招きで列席して初めて心霊実験なるものを見たところであり、それがきっかけとなって本格的にウェバー氏を実験することになり、その結果が今まさにこうした一冊の書物にまとめられるという、われわれにとって極めて縁の深いところであるが、その日の催しでキャノン女史の前にウェバー氏が現われた。 が、女史はウェバー氏が他界したことを知らず、てっきりいつものウェバー氏と思い込んでいたので、なぜこんなところに立っているのか、ただ当惑するばかりだった。女史が当惑するのを見てウェバー氏は首を振ってやがて姿を消したという。女史がウェバー氏の死を知ったのは、あとで会長のウィルソン女史にその話をした時だった。
同じ十二日の夜のことである。グレート・メトロポリタン・スピリチュアリスト協会でハロルド・エバンズ氏による直接談話の養成実験会が開かれていた時、浮揚したメガホンからウェバー氏の声がした。この協会もウェバー氏が何度も実験会を開いたところで、列席者の中には氏を知る人が大勢いたので、ウェバー氏であることはすぐに知れた。ウェバー氏の話の内容は別として(その内容もウェバー氏に間違いないものであるが)、その声の質、話しぶり等すべてにウェバー氏の特徴が出ており、それなりに証拠的価値が高い。
翌水曜日のことである。霊媒のハロルド・シャープ氏が何人かの仲間といっしょにいるウェバー氏の姿を霊視した。仲間の一人はウェバー氏の親友の一人のランダー夫人で、ウェバー氏より二、三か月前に他界している。ウェバー氏はシャープ氏に向かって一人の赤ん坊を抱き上げて見せたと言う。ウェバー氏は他界する一か月余り前に幼くして死んだ姪の葬儀に出席している。シャープ氏はそのことを知らなかった。
翌木曜日の夕方のことである。ウェバー氏の遺体の埋葬を終えて、家族と養成会《サークル》のメンバーによる儀式が自宅で行なわれることになっていた。椅子を配置し、電燈を消して準備が整った。暖炉の火だけが明るく見えていた。 そこへウェバー氏の実父が入って来た。すでにかなりのお年の老紳士で、心霊に関してはあまり熱心ではなかった。部屋にはまだ誰もおらず、少しからだを休めようと思って早目に入ったのである。 ドアを開けてみると、その部屋に息子のジャック(ウェバー氏)がいる。父親はその時少しも変だとは思わず、息子の方へ歩を進めて握手をした。そして、握手をしているうちに、いま自分がしていることの不思議さに気づき、とたんに恐怖感に襲われた。そしてそれから数時間、気分が悪くて仕方がなかったという。その時の様子は、ジャックが“本当にそこにいる”ようだった、そして握手をした時も確かに手の感触があったということである。
それから二週間、こうして原稿を書いている現時点までに、他の多くの霊媒を通じてウェバー氏がその存続を明らかにした報告が相次いで寄せられている。が、右に紹介したものだけで十分な証拠になるであろう。 注目すべきことは、右のすべてのケースにおいてウェバー氏は生前よく知り合っていた人、好感を抱いていた人に出ていること、特にそのうちの三つのケースにおいては、霊媒がウェバー氏の死を知らされる前に見ているということである。 ご家族および知人・友人の方々にとっては、あれほど用心し、まわりに心霊治療家もおり、その上スピリットによる援助がありながら、なぜこうもあっさりと他界してしまったのかと思われるのも無理からぬことである。が、正直言って、現在のところそれに対する確かな解答を出しかねている。 しかし多分これからウェバー氏は新しい世界において、人間の死後存続の証明のための新たな仕事に取りかかり、それによってきっと右の疑問に対する確固たる解答を出してくれることであろう。本章で紹介した幾つかの“帰還”の出来ごとがその希望的推測の手がかりと一言えるかも知れない。
この一月に霊媒のジョージ・ディズリー氏がレイトン女史の霊能開発に関する支配霊トマソからの忠言を伝えに筆者を訪ねて来た。そしてレイトン女史と筆者を前にして入神した。 その時のことであるが、支配霊のトマソが筆者に向かって、前の予言(筆者がウェバー氏の現象についての本を書くことになるということ----これはその通りになった)について言及して、その本を書いている途中で残念なことが起きるが、何とか乗り切れるだろうといった意味のことを述べてから、非常に悲しい出来ごとが起きる----ウェバー氏と筆者との別れが出会いと同じように突然訪れる、と述べた。 前の予言の時もそうだったが、この時も私は半信半疑で、あまり気にかけなかった。というのも、その時点での状況から判断すれば、どうみてもウェバー氏との別れは遠い先のこととしか思えなかったのである。が、この予言も適中してしまった。この世での別れが、言われたとおり突如として訪れたのである。 ウェバー氏の背後霊にはその死が前から判っていたのだろうか。今となっては知る由もない。ただはっきりしていることは、トマソの予言が二つとも(その時は信じられなかったのが)現実となったということである。 スピリットのすることを深く探れば探るほど、われわれ人間がいかに無知で無理解であるかを思い知らされるばかりである。人間界と霊界との間には明らかに人間の能力では超えられない境界がある。が、その暗い霧の中から、断片的ながらも事実に裏づけされたものを少しずつ寄せ集めて、死後の世界についての、より大きな知識を得る道を探っていくことは出来る。少なくとも生命に“死”はない----その向こうに現在のわれわれの想像を超えた素晴らしい新たな個人的存在の生活の場が待ちうけていることだけは間違いないと確信している。 |