心霊学研究所
『ジャック・ウェバーの霊現象』
ハリー・エドワーズ著/近藤千雄訳
('00.12.15登録)

第十七章 物質化現象


 

 ウェバー氏の霊現象で最初に出た物質化現象は頭部(顔)だけの物質化で、それが発光性のプラークで照らし出された。続いて手が物質化され、列席者が見たり触わったりした。

 物質化した顔をよく眺めると、目も鼻も口も髪の毛も揃っており、完全に物質化している。

 大きさは普通の人間と変わらないことが多いが、時として普通よりずっと小さくて、長さ四〜五インチといったものが出ることがある。

 いずれにしても、頭部にはかならず頭巾《ずきん》のようなものが巻かれており、肩や衣服の一部まで照明に浮き上がって見える。

 出現に要する時間はわずかに数秒である。プラークの照明を当てた時にはまだ出来あがっていないことがあっても、見る見るうちに容貌が整っていく。

 出現する場所は霊媒の近くで、多分エクトプラズムでつながっているのであろうが、出来あがってしまうと、六フィートほどの範囲でどっちの方向でも自由に動くことが出来る。

 顔が出来あがって少しすると唇が動くのが見え、続いて発声の準備運動のような音声が聞こえはじめる。やがて列席者に向かって話しかける。言葉は明瞭で、はっきりと聞き取れる。出現するのは成人の男女、子供、あるいは(霊媒または列席者の)背後霊等いろいろであるが、その区別は明確に判断できる。

 列席者の物質像はいずれもしっかりしているが、霊媒の背後霊になると一段としっかりした像になり、話す声も大きく、かつ明瞭である。

 出現する霊は地上時代に列席者と親しくしていた人である場合が非常に多い。

 そうした人物が列席者の背後霊として働いている場合は、そうした地上時代のつながりのほかにヘアスタイルとか肌の色を見せたり母国語でしゃべったりして、身元を証明してくれる。英語以外の言語での会話がよく行なわれる。

 頭部のケガで死亡した人の場合は包帯とか血痕を見せたりして証拠固めをしてくれる。

 手先もよく物質化する。大きさはいろいろで、ブラークの光を当てると、その手の特殊な特徴、たとえば指の数が足りないとか関節がコブ状に盛り上がっているとかも忠実に再現されているのがわかる。

 そうした物質化像が五つも六つも出現することがある。かと思うと、たった一つだけとか、全然出現しないといったこともある。

 頭部を被《おお》っている莫大な量のエクトプラズムも、顔の物質化とは別の意味で超常的能力の証拠と言える。あれだけの量のエクトプラズムを隠しもつということは如何なる人間にも至難と思われるからである。

 霊媒のウェバー氏はしょっ中身体検査をされる。たとえば頭部の被いとか掛け布が異常に多い時はきまってブラック・クラウドがその会の司会者に霊媒の身体を調べるように言う。それが終わってから像が消える。

 手先が出現すると列席者がさわってみるのはよくあることであるが、それは完全な人間の手になっている。頑丈な男性の手もあれば小さな子供の手もある。大低少し湿り気があるが、列席者の手より温かい。列席者は実験中、隣どうしで長時間手を握り合っているので普段より温かくなっているはずであるが、それよりもさらに温かいのが常である。

 中国人の背後霊の手は中国人特有の長い爪をしているのがわかる。時には二本の手が列席者の顔や手、腕などを撫でたり、髪や髪飾りをもてあそんだりすることがある。

 もう一つ興味ぶかい現象として、暗闇の中での実験会で、軽い音とともにライターがつけられた。その先で浮かび上がったのは、そのライターを手にした腕を伸ばしている一人の人物像で、霊媒の背後霊の一人だった。

 その日の列席者とブラック・クラウドとの間が親密である時とか、軽率な行為によって慌《あわ》てさせられる懸念がないと判断した時は、冗談めいたいたずらが行なわれることがある。たとえばサンデーピクトリアル紙のバーナード・グレイ記者の髪と筆者の髪とが、軽くではあるが、結びつけられたことがある(第五章参照)。また余分のロープか紐があると、それで列席者が縛られたこともある(第四章)。

 こうした事実を見てもわかるように、実験会における現象にはいつも霊媒の背後霊の部分的ないし完全な物質化像が働いているものと推察される。二つの部分から成るメガホンがつながれたり、列席者のメガネがはずされたり、あるいはクライマックス的現象として、霊媒の上着が瞬間的に脱着されるといった現象の裏には多分何人かの背後霊の物質化像の働きがあるはずだという考えを筆者は今もって捨て切れない。

 現在のところ物質化現象の実験会は赤色光の中で行なわれているが、肉眼でも物質化像の姿がよく見えるし、さわってみることも出来るし、会話を交わすことも出来る。その間、霊媒が椅子に縛りつけられているのも見える。

 物質化像が出る時はまず最初ぼんやりとした影のような形体が見える。赤色光より少し黒ずんで見える程度である。それが次第に濃くなり、手や顔をその赤色光の光線に近づけてよく見えるようにしてくれる。光源は床から九フィートばかりのところにあるが、物質化像はその高さまで浮揚して、電球のすぐ近くまで寄って顔を照明にさらしてくれる。

 ルーベンとパディの二人はいとも簡単に物質化して出てくる。一度はルーベンが完全に物質化したことがある。その時ルーベンは筆者の手を取ってそれを自分の顔の前を横切らせた。同じことを他の何人かの列席者にもした。その手は非常に温かかった。列席者全員と会話も交わした。これでその像が立派に肉体的存在であって、肺も喉頭も具わっていたことが推察される。

 物質化像の温かさは興味ぶかい問題を提供してくれる。一体その温かさはどこから生じるのであろうか。エクトプラズムそのものは湿り気があって冷たいのに、そのエクトプラズムによって構成される像が温かいのである。

 一つの仮説としては、ちょうど赤外線がぬくもりをもつ理由が、それが光と熱の中間的存在だからであるのと同じで、エクトプラズムも非常に高いバイブレーションをもっていて、そのバイブレーションの状態(という以外に適切な用語を知らない)がぬくもりを感じさせるのではないかというのである。一応筋は通っていると思われる。

 赤色光の中で物質化像が消えていくシーンも興味ぶかい。サークルの中央に位置している全身物質化像が、まるで床を突き抜けて行くように、下の方から消えて行く。要する時間は約二秒で、その直後に霊媒の方からノドを鳴らす音がする。何かを呑み込むような音で、No.27No.34に見えるようなエクトプラズムが霊媒に戻る時の音によく似ている。

 さきに紹介したように、ある実験会で天井に取りつけておいた赤色ランプをスピリットみずから取りはずして自分の顔にほとんど接触しそうになるほど近づけて見せたことがあることからも、その像《スピリット》が現実にそこにいることは疑いの余地がない。

 ほどよい赤色光の中で三人の物質化像が同時に出現したことがある。二人は大人の霊で、もう一人は子供のパディで、年の頃十歳前後と思われた。

 大ていの実験会にマチルダという名のもう一人の子供の霊が出現して、なわ跳びをしてみせた。そして求めに応じて速く跳んでみせたり幅跳びをしてみせたりした。

 以下はサイキック・ニューズ及びツーワールズに掲載された各種のレポートからの抜粋である。

 

 「ジャック・ウェバー氏による実験会はケンブリッジでは四回開かれた。第一回目の時は氏は会の直前にたった一人でやって来た。従って前もって打ち合わせをする余裕はまるで無かった。その会には著名な方が何人か列席していて、その中にインドの王子(デオ殿下)、トリニティカレッジの学部長といった顔も見られた。ケンブリッジ心霊研究会から何人かが四回の実験にかならず出席した。

 実験は厳格な条件のもとに行なわれた。ロープの縛り方にはそれこそ何の条件もなく、好きなように縛らせた。ある夜の実験会では縛り方がひどすぎるので他の列席者から“それでは血液の循環を阻害する”という苦情が出されたほどだったが、ウェバー氏は“構わないからやってみて下さい”と言った。

 四回のうち三回に、物質化した顔が出現した。完全な容貌をそなえてはいたが、サイズは普通よりずっと小さかった。私にとって最も驚異的と思われたのはインド人の顔が出現して私のすぐそばまで近づき、その顔が発光性のスレート(プラーク)で照らし出された時だった。

 その顔が私におじぎをした。私が“お名前をお聞かせ下さい”というと“ランジです”という。これはインドのランジートシンジ王子の愛称で、王子がケンブリッジ大学に在学中にクリケット選手としてその名をとどろかせた頃そう呼ばれていたのである。その在学中私は王子と特に親しくしていただいた。」

A・J・ケイス。ケンブリッジ学術協会会長
サイキック・ニューズ一九三九年八月十二日付所載。(第八章参照)

 

 「私にとって最も驚異的だったのは二つの顔が出現した時だった。床から発光性のプラークが浮揚してきて、私の顔の二、三インチ前まで来た。するとその中から、二インチほどの幅の輝く物質のかたまりによって一部を隠された、一人の女性の顔が現われた。年の頃四十から五十の間と推察された。サイズは普通の3/4より少し大きい程度で、生身よりは小さかった。それが私のすぐ目の前に現われプラークの光で照らされたので、その容貌のきめ細かさをじっくりと確かめることが出来た。特に注目したのは目と鼻の穴で、石膏またはそれに類するもので彫刻したみたいに、完壁な形をしていた。

 その顔は確かに固体で出来ていた。立体感があった。人間の肌色をしていなかったが、明らかに生きていた。“何かおっしゃって下さい”----宙に浮いているプラークの上に乗って漂っているその顔に向かって私は思い切って言ってみた。すると唇が動いて何やら言おうとするのであるが、こうした時によく聞かれるというカチカチという妙な音がするだけで言葉にならない。が、そのうち言葉が出るようになり、こう言った

 “今はもう痛みはありません……昔みたいに苦しい思いはしません……素敵でしょ……お母さん”そう言うなりプラークが後方へさがり、やがて顔が消えた。

 その女性の顔は容貌の彫りの深さが特に目立った----まるでギリシャ彫刻を見るようだった。肌にシワが無かったことが一層その印象を強めたのかも知れない。容貌はたしかに大人の女性のそれだつたが、どこか若々しさが感じられた。プラークの照明のせいで目もとが少しかげって見えた。従って眼球まで物質化していたかどうかの断定は難しかったが、その間ずっと----ほぼ数分間----私の目の前に静止していた。決して眼球のない眼窩だけではなかった。

 その少しあとに二つ目の顔が現われ、同じくプラークに照らし出されて私の顔から二、三インチのところまで接近してきた。

 こんどのは逞しい男性の容貌をしており、頭にはエジプト人特有のかぶりものが見えた。高いローマ鼻(ワシ鼻よりおだやか)が顔全体に厳しさを感じさせた。そしてその目が----私が見たかぎりでは----突きさすように私の目を見つめていた。顔の色は最初に出た女性の顔と違って浅黒い感じだった。深く食い込んだシワが表情を厳しくしており、アゴと口の形が強烈な個性を物語っていた。その顔が私の前で何度もおじぎをした。その時私の目にとまったのは、かぶりものの真ん中あたりから突き出ている何やら三角柱の形をしたもので、おじぎをすると額にその影が映った。列席者の何人かがしきりに“髪”のことをささやき合っていて、その三角柱の突き出ものに気づいていない様子だったが、その根もとはかぶりものの中にあって、頂上は頭上はるか高いところまで伸びていた。それだけが別の物質で出来ているようで、明らかにそれを見せようという意図が見うけられた。そこで私がそのことに言及すると、わずかの間私の前に留まってからあとずさりし、そして消えて行った。

 それも私が見たかぎりでは固体で出来ていて、立体的だった。そして最初に出た顔より生身の感じがありありとしており、大きさも普通に近く、また最初の物質化像がしゃべる前に能面のような表情だったのに比べ、これには表情があった。

 言うまでもないことであるが、その二つの顔に似た顔をした人は列席者の中にはいなかった。あとで知ったことだが、頭部の三角柱の突き出ものは古代エジプトの聖職者や寺院の役人がしていたもので、階級《ランク》を象徴していたという。これで私に向かって何度もおじぎをしていた意図がわかった。」

ツーワールズ特派員・一九三九年一月二十七日付

 

 「実験会が進むうちに発光性のプラークの明かりの中に五つの顔が出現した。そしてわれわれの顔のわずか一インチのところまで接近した。大きさは普通の顔のせいぜい半分くらいだった。それぞれが自分の名前を言い、背後霊であると述べたが、いずれもウェバー氏の知らない名前だった。」

W・H・グレイサー。ツーワールズ一九三九・三・三所載

 

 「それから三つの顔が物質化して出現し、私の目の前二、三インチのところまで近づいた。その大きさはジャック・ウェバー氏の顔より明らかに小さかった。」

S・C・カーター。同前

 

補遺 一九四〇年三月

 

 二月に行なわれた実験会でブラック・クラウドが床に白い粉をまいておくように言って来た。言われたようにした。赤色光の中で霊媒の姿と白い粉がくっきりと見えた。その日に出現した物質化霊はその白い粉を背景にして、いつもより見やすかったが、会の終了後に調べたところ、白い粉の上に何の跡形も無かった。これで物質化像は床に触れないで“浮いていた”ことが証明された。

 物質化霊が滑るような動きをすることは他の物理霊媒の実験会でも話題になることであるが、その日の実験で確かに床に触れていないことが確認されたわけである。それは同時に別の興味ぶかい課題も提供している。物質化像は少なくとも出現している間は物質をまとっているのに、なぜ引力の作用を受けないのかということである。

 No.35は同じく二月にサウスロンドン新聞社のために特別に催された実験会で筆者が撮影したもので、この時はそこの編集員二人と他にもう一人が代表として出席していた。

 写真は完全な形をした手が太陽神経叢から出て来る(と思われる)ところである。この時の実験会ではもう一枚、二人の列席者が霊媒の両手を押さえ、上着が脱がされているところの写真(No.6によく似ている)が得られ、そこの新聞にも掲載された。

 実験会に参加した新聞杜は例外なく実験の真実性を称える記事を載せているが、サウスロンドン社も同じで、大へん賞賛した記事を載せていた。

 新聞関係の人は大体において心霊に関しては懐疑的な人間が多く、ことに物理現象については極端に批判的で、“トリックを暴いてやろう”といった態度で実験会に臨むものである。ところがその報告記事には一つとして現象の真実性に疑惑を投げかけたものが無く、筆を揃えて当惑と驚きをあからさまに表明し、有りのままを報告しているということは注目に値しよう。


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