心霊学研究所
『ジャック・ウェバーの霊現象』
ハリー・エドワーズ著/近藤千雄訳
('00.07.30登録)
|
一九三九年五月二十四日の実験会の報道記事が四日後の二十八日にサンデーピクトリアル紙に二ページに渡って掲載された。その“まえがき”に記者のグレイ氏による次のような“宣誓”が載っている。
「私ことバーナード・グレイは次の通り誓います。
この宣誓は、昨日、弁護士立ち合いのもとに行なわれた。
−グレイ記者による記事− 私はまずロープで霊媒の手と足を椅子に縛りつけた。結び方は、かって水夫から教わったことのある二重結びも使用した。 また裁縫用の木綿糸を何本も用意して、私の目を盗んで抜け出すことがないようにロープと椅子とをその糸でつないだ。さらに霊媒の上着の打合わせ部分を太めの糸で縫い合わせた(写真No.5参照)。 かくしてスピリチュアリズムの謎について私の二度目の探求が始まった。 私が縛り上げたのはジャック・ウェバーという霊媒で、かつてウェールズで炭坑夫をしていた人である。最近その名をよく聞かされるので彼を実験対象に選んだ。 それまで聞かされたところでは、彼を通じて死後の存続を証明する驚異的な奇跡の数々----物理的心霊現象----が見られるということだった。 これは私がサンデーピクトリアルの記者となって二度目のスピリチュアリズムとの関わり合いで、私は物理的現象がお目当てである。 すなわち言葉による証言ではなく、驚異的現象による実際の証拠を得ることが目的である。病気が奇跡的に治ったとか、死者から紛れもない存続の証拠となるメッセージを受け取ったとかの証言ではない。私のような唯物的な精神構造をした人間にも得心のいく物的証拠である。 とにかく決定的な確信を得たいのである。ヒトラーだの枢軸国だの戦争の脅威だのといった類の問題より、今の私にとってはその方がより重要なのである。編集長に少しの間だけ政治問題から離れて真理の探求に行かせてほしいと懇請したのもそのためである。
当日の出席者は私を入れて十四人。いたって平凡な話好きの人たちばかりで、それがロンドンのバラムという町の質素な部屋でそれぞれに席をとって着席した。 ロンドンのお巡りさん、エンジニア、ウェイター、郵便屋さん、配管工、それにさまざまな年齢の婦人が数人。私のすぐ隣----霊媒と私の間----に、主催者でバラム心霊研究会の会長であるハリー・エドワーズ氏が着席した。本職は印刷屋である。 全員が隣どうしで手を握り合った。霊媒のウェバー氏は私の結び方の許す範囲で出来るだけラクな姿勢をとった。やがて明かりが消され、部屋の中央に取り付けられた赤色電球だけが薄ぼんやりと部屋中を照らす。 現象は間髪を入れず起き始めた。そして、それから九〇分間に亙って驚くほど多彩な現象が猛烈なスピードで展開したのだった。 それを一つ一つ順を追って述べようとは思わない。というのは、次に述べる二つの驚異的現象の前には、他のすべての現象が影がうすく感じられるのである。この二つは、少なくとも私個人にとっては、新約聖書の奇跡にも匹敵すると思われる。
完全な人間の顔が部屋のいわば“中空”に出現した。 念のために言うが、私は霊媒から一人だけおいた位置にいる。実験が始まって一時間もたち、私の緊張も和らぎ興奮もすっかり覚めてきた。 私の精神状態は平常で冷静かつ用心深くなっている。天井近くに仕付けられた赤色ランプの異様な薄明かりにも慣れて、いかなるトリックも見逃すまいと警戒している。 部屋の片隅の、私が手を伸ばせば届くほどの位置で、霊媒が重苦しそうに呼吸しながら時おりごくりと大きく息を呑み込んだり、あたかも悪夢にうなされるかのように、うめき声を上げたりしている。 そうかと思うと、突如としてノドをガラガラっと鳴らして、もうひと踏んばり努力しようとしているかのような身振りをする。 そのうち私の前にスレートのような感じの平たい飾り板《タブレット》が浮揚してきて、その表面から光輝のある光を出しはじめた。 私は少しも動ずることなく注意深く観察した。そのタブレットは実験が始まる前に一度確認している。四枚重ねのタテ九インチ、ヨコ一フィートほどの、何の変哲もない木板であった。 そのタブレットがこんどは霊媒の顔の前をゆらゆらと揺れて、その柔らかい輝きが霊媒の顔かたちを明瞭に映し出した。目を閉じ、口がひきつっているのがよくわかる。 こんどはそれがゆっくりと霊媒の手の方へ降りて行き、その光で腕がちゃんと椅子に縛られているのが確認できた。 「これはあなたに霊媒が元の状態のままであることを納得させようとしてるんですよ」と隣の席のエドワーズ氏が説明する。「あっ! これから何か起きますよ。」 やがてそのタブレットは私の方へ移動してきた。そして私の顔のすぐそばまで来て静止した。あまりに近いので、思い切り息を吹きかければその輝きが消えてしまうのではないかと思えるほどだった。 「よく見て!」エドワーズ氏が私の手をぐっと握りしめながら言った。 見るとそのタブレットの上に、暗闇の中から何やら白いものが現われてきた。はじめよく見えなかったが、まるで霧の中で車のヘッドライトが近づいて来るように、その形が徐々にはっきりしてきた。そしてついに現われたのは、透明な楕円形のもので、それがタブレットの上にいわば直立しているのだった。 「エクトプラズムですよ。真ん中のところを注意して見ていて下さい」とエドワーズ氏が言う。 氏から言われるまでもなく私の目はそこにクギ付けになっていた。念のために強調しておくが、私はあくまで冷静で、感情を抑えていた。 さて、その楕円形の光輪の中に人間の顔のようなものがボンヤリと見えて来た。そして徐々に容貌を整え、その一つ一つが判別できるようになって来た。鼻がある。そして、まぎれもない口が見える。目がちゃんと二つある。そして何と! その目が瞬《まばた》きをしている。 タブレットがさらに私の方へ近づいて来た。柔和で、そして至って自然なその目がまともに私の目とかち合っている。私はここぞとばかり身をひきしめ、冷静な好奇心を働かせて、目の前にあるものをしげしげと観察した。 それは心霊紙などで見かける心霊写真の中の霊の顔とも違っている。まわりの光輪の、この世のものとも思えない無気味な白さでもない。むしろ自然な人間の顔----柔和で上品で、それでいてどこか人間とは違う感じだ。 目のあたりから頬骨にかけてその形体がはっきりと確認できる。唇、これは実に見事だ。あごはまるくて上品で、それが光輪の下の部分を背景にして黒く浮かび上がっている。 私はとっさにある一人の老婦人の顔だと直感した。その素敵なミニチュアのようだ----というのは、今思うと、普通の大人の顔よりはるかに小さかったからだ。 「お話し下さい」とエドワード氏がその顔に向かって言った。 私はその唇に注目した。少し開いたが重そうな感じがする。 何やらささやいている。何と言っているのだろうか。誰に向かって言っているのだろうか。どうやら分かった。 「マイボーイ、マイボーイ」(親しみを表わす呼びかけの言葉)という女性の声が聞き取れた。愛情たっぷりの、あるいは思いやりの情をこめた響きがあった。 「誰に言っているのでしょう?」私は目をじっとその顔に見すえたままエドワーズ氏に尋ねた。 「あなたですよ。話しかけてごらんなさい」とエドワーズ氏が言う。 「どなたでしょうか」私はやさしい口調で聞いてみた。 「----と申します」その女性は小声で名前を告げた。その名前は公表しない。個人的なことだからである。このあと更にこう続けた。 「いつまでもこうしているわけにはまいりません。私はただ皆さんに見ていただこうと思って出てまいりました。ではご機嫌よろしく。マイボーイ。」 タブレットはその物質化像と共に移動する。円座の列席者の中をふわりふわりと動きまわる。列席者は感嘆しながら口々に、よく見える、はっきり見える、素晴らしい、と言った。 これで、それを見たのが私一人でなかったことがわかってうれしかった。 やがてタブレットはまた私のところへ戻ってきた。見るとミニチュアの容貌が消えつつある。ちょうど真夏のたそがれの中へ人影が消え行くようである。光輪も薄れてきた。 そしてついにタブレットだけが残った。電灯が消えた時のように輝きが跡形もなくきれいに消えた。そして音をたてて私の足もとに落ちた。 間髪を入れず「ライト!」の声がする。 カチッというスイッチを入れる音と共に部屋が電燈の光でいっぱいになる。列席者はみなそれぞれの席で隣どうし手を握り合っている。 そうして足もとには何の変哲もない一枚の板が落ちている。 やがて霊媒のいる片隅の方から低い声がする。霊媒の支配霊で、みんなブラック・クラウドと呼んでいる霊の声である。 「エドワーズさんの隣の席におられる男性の方、霊媒の右手を握ってください。霊媒の左の席の女性の方、左手を握ってください。」 ブラック・クラウドが言い終わるとエドワーズ氏が私の左手を彼のひざ越しに霊媒の右手の上に置いた。すると私の手の指がすごい力で握りしめられた。その力は次第に強くなり、私は手が痛くてたまらなくなってきた。私は覚悟をきめて何事が起きるのか待った。 霊媒が苦しそうな呻《うめ》き声を出している。 私の握った手をこんどは柔らかい繊維質のものがさするのを感じた。 「霊媒の上着です。わかりますか」と片隅から太い声がする。 「私の手の甲に何か触れているのはわかります」とすぐさま答えた。 「これからその霊媒の上着を分解して脱がせるところです」と言う。 こんどは甲の反対側を上着がさするのを感じた。やがて軽い衣《きぬ》擦れの音と共に、何かが床に落ちた。 「ライト!」という鋭い声がした。 声と同時に誰かがスイッチを入れる音がする。 見ると霊媒がシャツ姿になっている。上着がない。が、腕の上にロープが巻いてあり、結び目もはっきり見える。 ロープと椅子を結びつけた細い木綿糸も切れていない。 床の上に上着が落ちている。打合わせ部分もちゃんと縫い合わされたままである。ボタンにからませた糸もそのままである。 ライトを消すと、片隅からの太い声が言う。 「これはあなたに霊界の存在と物質を分解するエネルギーがあることを証明してごらんに入れるためにやったことです。あとで上着を元通りにしてみせましよう。」 三十分ほどたってから霊媒の左側にいる女性と私がもう一度霊媒の手を握るように言われた。握るとまたその上からすごい力で痛いほど握りしめられた。 衣擦れの音がする。布が私のこぶしをさすっている。間違いなくさすっている。そうして今度は反対側をさすっている。 ライトがつけられた。見るとウェバー氏は元通り上着をつけている。腕をロープが巻いている。木綿糸もそのままある。結び目も木綿糸も上着の上になっている。 霊媒の左側の女性が私に 「私の手はずっと握りしめられていました。上着が私のこぶしを通り抜けて行くような感じがしました。あなたも同じだったでしょ?」と手をさすりながら尋ねた。
さて、以上の二つの現象または奇跡----どう呼んでもかまわないが----をうまく説明づけるのはいささか骨が折れる。 同じように驚くべき現象はほかにもずいぶんあった。山ほどあった。 たとえば、突然エドワーズ氏が「私の頭を手が押さえています」と、どこからともなく手が出てくるのを少しも不思議がらない様子で言う。 その直後に私も同じものを感じて「私の頭に何かが置かれています」と言った。そしてそれがエドワーズ氏の手でないことを確かめるために氏の手を強く握った。 何かが私の髪の毛をかなり強く引っぱっている。その時、その“何か”がまぎれもなく“指”であることを感じ取ってぎくりとした。しかし人間の指とはどこか違う。もっと鋭くて、どちらかと言うと爪の感じに近く、先端が金属で出来ているような感じである。 その時エドワーズ氏がくすっと笑った。そして、いかにも愉快そうに 「何をしようとしているのか、私には分かりますよ」と言った。 そうしているうちに、こんどはその握った髪をぐいぐいとエドワーズ氏の方へ引っぱり、私の頭とエドワーズ氏の頭とがひっついてしまった。そしてその髪をたっぷり一分ばかりかけて丹念によじっている。 「私たち二人を髪の毛で結ぼうとしてますよ」とエドワーズ氏が笑いながら言う。「あなたの髪が私の髪と編み合わされているのが分かるでしょう。」 二人はついに結びつけられてしまった! 離れようにも離れられない。そこで一たんライトをつけて解《ほど》いた。その間一、二分ほど実験が中断した。 「悪いイタズラをするものですな。」他の列席者たちは二人が四苦八苦するのを見て笑いながら口々にそう言った。 たしかにイタズラかも知れない。が、不可解でもある。神に誓って断言するが、髪が結ばれる前も、その最中も、そのあとも、誰一人として席を立った者はいなかった。
実験中しばしば見られたのは、螢光塗料を塗ったブリキ製のメガホン三本がまるでツバメが飛ぶような速さと正確さで部屋中を飛び交う現象だった。 人間わざでは絶対不可能であることは私の目にも明らかなのだが、思い切って私は 「誰もメガホンを握っていないことを証明していただけませんか」とお願いしてみた。 するとそのうちの一本が特急のような猛スピードで私をめがけて一直線に突進してきて、あわや私のこめかみに激突するかと思ったその直前に急上昇した。私は思わず身をすくめたことだった。 同じメガホンがこんどはゆっくりと近づいてきて顔に触れ、さらに頭のまわりを撫でながら、人間の手で握られていないことを証明するために、まず広い口の方を私の唇に押し当て、代わってこんどは小さい口の方を押し当ててみせた。 部屋の隅のテーブルの上に置いてあった鈴が浮揚し、列席者の歌に合わせてリズミカルに音を鳴らした。 ダンスバンドのドラマーが使うのと同じ拍子木も浮揚して、同じように歌に合わせて調子をとっていた。 ルーベンと名のる背後霊の一人が力強いバスで歌の先導をした。それがレコードに録音されている。 見慣れない白熱電球の光に照らされた部屋の中で、テーブルの上に置いてあったオモチャの幾つかが浮上して天井近くを漂った。 数年前に他界した少年の霊がそのオモチャを操っているとのことだった。 テーブルの上に置いてあった何かがいきなり部屋中を突っ走った。エドワーズ氏がそれが人形であることを教えてくれた。 それがやがて一たん私のヒザの上に落ち着いてから、こんどは私の脚にそっと上がったり下りたりして愉快そうにじゃれついた。それが光って見える様子は特大のツチボタルのようだった。最後は私のヒザの上に乗った。そこでライトがつけられた。見ると、どこの子供も遊びに使うオモチャの象だった。 これでお分かりのように、実験会はおよそ無気味な集会ではなかった。時計仕掛けの機関車が天井近くを上がったり下りたりするなど、オモチャのいたずらで実に愉快な雰囲気に包まれていた。 しかしそうした愉快なオモチャの現象も、家具の浮揚現象の前には影が薄かった。 私のすぐうしろに置いてあった重いテーブルが真っすぐに上昇した。そのとき私の上着をこすって行った。そして四本の脚の一本を軽く私の肩の上に置いてから、こんどは円座の上を通り越して部屋の反対側へ行き、大きな地響きとともに床に降りた。 頭上を通りすぎて行く様子をこの目で確かめた。赤色ランプの照明でその輪郭がはっきり見えたのである。 もちろん、いわゆる霊からの通信《メッセージ》がいくつか列席者に届けられた。が、それはここでは公表しない。私の関心はそうしたものより目に見える現象の方にあるからである。
以上が私の証言である。 私自身にはこの日の現象のどれ一つ説明できない。 しかし、この記事で述べたことは一つ一つみな真実である。 私を知る人の中には私の頭がおかしくなってしまったのではないかと思う人が多かろうと思う。が、私は敢えてもう一度断言する----ここに記した現象のすべてを私はこの目で見た、と。 |